第7章 二通の遺言状(22)
僕は、ざっと気になる事柄だけを椎名刑事に話した。
椎名は僕の話を、途中何度も頷きながら、最後まで黙って聞いていた。そして聞き終わると、何かを考えるように顎をいじりながら「成る程ねぇ」と呟いた。
「うん。有り難う。君の意見はよくわかったよ」
「……そうですか? 何か間違った事言ったんじゃ…」
不安になって、椎名に聞くと彼はにやりと笑って見せた。
「いやいや。君、なかなか鋭い着眼点だよ。参考にさせてもらうよ」
「そうですか…」
僕は少しホッとして、肩の力を抜いた。ほんの少しだけかもしれないが、捜査の役にたったらしい。ほんの少しだろうけれど………。
そんな時、僕の横で今まで大人しく座っていた美凪が、教室にでもいるかのように「はいっ」と言って、右手を高々と挙げた。
「ん? 美凪さんだっけ。なんだい?」
「あたしにも意見言わせて!」
僕は慌てて、美凪の横腹を肘で突いた。
「バカ! 何言ってんだよ」
「あー、いいよ言ってごらん」
ところが椎名は、にこりと美凪に笑いかけた。元々は寛容な人柄らしい。最初に会った頃とは、別人のようだ。
美凪は、わざとらしく咳ばらいをしてから口を開いた。
「あのですね。あたしが気になったのは、彬さんが言った事なんだけど。弘二さんは眠らされて……その、吊るされたんじゃないかって言ってたでしょ?」
全員が頷く。
「あたしもそうかなー? って思ったんだけどね。それって睡眠薬飲まされたんじゃないのかな? それにあの人、足が悪いみたい」
弘二が眠らされた、という考えは美凪にもあったらしい。
椎名は美凪の話を聞き終わると、組んでいた腕をほどいて、小さく拍手をした。
「お姉ちゃんも結構考えるね!」
「当ってる!?」
美凪が身を乗り出すと、椎名は頷いて僕達に顔を近づけるよう、手招きした。その場にいた全員が額を付き合わせた格好で、椎名を見た。
椎名は全員の目を、ぐるりと見回して、
「実はまだ量とかはわかっていないが、弘二の体からは睡眠薬が検出されているんだ」と言った。
「え。本当に?」
「ついでに言うと、正将氏が亡くなった時も、睡眠薬が検出されていたんだ」
「それって…」
僕が思わず呟くと、椎名はそれに頷いた。
「いや、正将氏は元々睡眠薬を服用していたんだが……弘二が飲んだか、飲まされた睡眠薬と同じものなんだ」
僕と美凪は、顔を見合す。
という事は、誰かが正将氏の睡眠薬を持ち出して、弘二に飲ませたという可能性もある訳だ。
「そう。そういう可能性もある」
僕の言葉に、椎名は頷きながら顔をあげた。椎名が離れると同時に、今まで顔をつき合わせていた僕達も、そろそろと体を離した。
「でも……そんな睡眠薬なんて、誰でも持ち出せるよね?」
「そうだね」
そうなのだ。正将氏が睡眠薬を服用していた事は、家族の誰もが知っていただろう。それを持ち出す事ぐらい、誰にでも出来たはずだ。
問題は、誰が持ち出したかだ―――――。
しかし弘二自身が持ち出し、服用していたとも考えられる。ますます犯人を決定付ける範囲が広がってしまったような気がする。
その時、「いいですか…?」と守屋が控えめに口を挟んだ。
「なんでしょう?」
「ここで確認させてもらってもいいですか? 今までの話を聞く限り、正将さんは事故ではない可能性があると言う事ですよね?」
「……確実ではありませんが。その可能性も出てきましたね」
「そうですか…」
守屋は小さく頷くと、横に置いていた、古い皮の鞄を引き寄せ、大事そうに抱えた。
そういえば彼はずっと、その鞄を持ち歩いていたような……。
大事な物でも入っているのだろうか。
「刑事さん。後で皆さんをもう一度全員集めてもらえませんか?」
「ええ、まあ構いませんが?」
「お願いします」
守屋は頭を下げて、一呼吸おくと、思いもよらなかった事を言った。
「実は、遺言状は二通あるんです」
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