第7章 二通の遺言状(21)


「暑かったろう? 悪かったね」

 円香が出て行った後、僕と美凪はようやく押入れから這い出てきた。

 僕も美凪も、全身汗でびっしょりだ。美凪は「ウ~ン」と言いながら背伸びすると、体に張り付いたシャツを気持ち悪そうにつまんでいる。汗で下着が完全に浮き出ているのがわかり、僕は慌てて目を逸らした。

「まあ、とりあえずこっちに座って」

「はい」

 僕達は椎名の勧めで、今まで事情聴取を受けていた人たちが座っていた例の場所に、腰を下ろした。

 ずっと暗がりにいたからだろうか? 

 何だか長い夢を見ていた気分だ。時間は一時間ほどなのだが―――――。

「じゃ、せっかくだから、君達の意見も聞いておこうかね」

 僕は姿勢を正すと、汗でよれてしまっているメモ帳を開いた。

「じゃあ…あの、少しだけいいですか?」

「どうぞ」

 僕が気になった事は三つある。

 一つは、賢三がリストラにあい転職していて、生活が少し苦しそうだというのに、財産の事を全然口にしない事だ。ここへ来て一日半程経つが、賢三は他の親族の者に比べると、財産が欲しいという様には、あまり見えないのだ。

 円香に全てを与える―――という遺言に納得しているのか。

 それとも金に対して執着がないのか。諦めているのか―――。

 二つ目は、その妻文子だ。

 東郷 正将の時は大雨だった為、物音は聞こえなかったかもしれないが、昨夜は星の出ている夜だった。それなのに物音ひとつ、家族三人共聞こえなかったなど、ありえるのだろうか?

 大人一人、天井から吊り下げるのに、物音立てることなく出来る事なのだろうか?

 僕には、文子が――いや、賢三夫婦が何か知っている――もしくは隠しているような気がしたのだ。

 そして最後は、円香が言っていた、弘二の最後の言葉だ。彼は円香に何を言いたかったのだろう。円香だけに何かを伝えたかったのだろうか。それとも―――?

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