第7章 二通の遺言状(13)


「でもさあ、刑事さん? 早い所解決してほしいんだけど。弘二の奴は自殺なんでしょ? 弘二の事より父の遺産の事を早く何とかして欲しいのよ。どうなってるのよ先生?」

「…今はまだ…」

 先生というのは、同席していた守屋の事らしい。

 守屋の困ったような声が聞こえた。万沙子は、それを聞くと、部屋中に響き渡るような大きなため息をついた。

「困るわぁ。この人だって、執筆の途中だし…。子供だって、勉強があるんですよ?」

「はあ…」

 そういえば、基は小説家だった。子供が勉強―――というのは、もしかして彬の事なのだろうか?

「今度の新作には期待されてるんですよ? 前の作品だって、直木賞候補だったし」

「ほう…! それは知りませんでした」

 椎名の感心したような声が聞こえる。僕だって初耳だ。候補なら、もしかするとテレビや雑誌にも載ったのかもしれない。江里子は、本屋では見かけない、と言っていたが、実は有名だったのかもしれない。

「十年ぐらい前なんですけどねぇ? 覚えてないんですの? 先生も?」

「あ…いや」

 守屋が、更に困った様に返事をした。覚えてなどいないのだろう。

「…昔の話だ」

 その時、ぼそぼそとした男の声が聞こえた。

 聞いた事もない声に、僕は耳を澄ます。

「昔の事をいつまでも言わんでくれ…」

「そんなに昔でもないじゃないの! ねェ?」

「え? はあ…」

 いきなり同意を求められて、守屋は困った様子だった。

 ボソボソと話していたのは、万沙子の夫の基だった。聞き取りにくい小さな声だ。たぶんほとんど口を開けずに喋っているのだろう。

 自慢げに話していた所に、水を差されて、万沙子の憮然とした独り言が聞こえて来た。

 万沙子の話が中断した所で、椎名がすかさず質問をする。

 だが、やはり万沙子も基も昨晩は何もなかったというだけで、たいした情報を得る事は出来なかった。

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