第7章 二通の遺言状(12)
あんな風に、まくしたてられては、諦めざるを得ないだろう。
僕は押入れの隙間から、それを覗きながら椎名刑事に同情した。
「では聞きますが、昨日の夜から朝にかけて、あなた方はどこにいましたか?」
「それさっきも聞かれたわよ!」
「―――どうなんですか?」
椎名は万沙子の言葉を無視する。
「…部屋にいたわ。この人と一緒に。ねえ?」
基の返事は聞こえない。頷いただけなのだろう。
「そうですか。では何か物音とか、叫び声とか…変わった事はありましたか?」
「いーえ? 別にないわ。ねえ?」
また基に向かって相槌を求めたのだろう。しかし今度も返事はない。そういえば、僕はまだこの万沙子の夫である基と話をした事がない。というか、基の声すら聞いた覚えがない。
「わかりました。ではもう一つ、弘二さんがどなたかとトラブルがあったとか、何か聞いてはいませんか?」
さっきの一志と同じ質問だ。
万沙子は少し考えていたようだったが、すぐに答えた。
「…ないと思うわ。だってあの人、家から出てないし…友達だっていたとは思えないわ」
「そうですか」
「でも…トラブルねえ……あるといえば、あるかしら?」
万沙子の声は、少し嫌な感じだ。ここからでは背中しか見えないが、にやりと笑ったかのような声だ。
「ほう。何かあるのですか?」
「まあね…あたしの勘だけど、弘二は円香と何かあったはずなのよ」
「円香さんと…?」
小さく物音がした。椎名が身を乗り出したのだろうか。
「勘よ? でもさ、昨日だってあの子と弘二が言い合いしててね。あたしは怖かったから部屋で聞いてただけなんだけど、あの二人は何かあったと思うのよ」
「昨日ですか…」
僕は万沙子の話を聞いて、ここから飛び出そうとするのを必死で堪えていた。
何がトラブルだ!
何が怖かっただ!
その時、ふいに手を握られて僕はびくりと体を堅くして、横を見た。
暗がりの中、美凪が僕と同じように部屋の方を睨みつけながら、唇を噛んでいるのがぼんやりと見えた。
美凪も僕と同じく、万沙子の発言に怒りに堪えていたのだ。
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