第7章 二通の遺言状(11)
「あの…どういう事ですか?」
椎名の言っている意味が、よくわからない。隠れていろというのだろうか? つまりは、僕たちが邪魔だと言いたいのだろうか。
僕の聞きたい事を、椎名はすぐに察知したらしい。急に真面目な顔をして、僕の目を真っ直ぐ見ながらこう言った。
「守屋さんにも聞いたんだけどね。前の…あの事故になった事件の事で、君たち呼ばれてるんだろ?」
僕は頷く。
最も一日たった今も、まだわからない事が多かったが……。
「あの時は、鑑識の結果とかで、事故と判定されたがね…。私はそうではい気が、していたんだよ。そして、今回の事件だ。私はますます前の事件との関連を疑っているんだよ。君もじゃないのかい?」
「はい…!」
僕も椎名の目を見詰めたまま、短いが大きく返事をした。
僕の返事に、満足したように椎名はにまりと笑うと、押入れを大きく開いた。
「……そこでだ。これからやり直す事情聴取の間、ここに隠れて我々の話を聞いてて欲しいんだ。君たちが一緒にいると、警戒されてしまうかもしれないんでね」
「…は、はい」
成る程、そういう事なのか。僕は納得して、先に美凪を押入れの奥へ入らせてから、僕も中へと入った。
押入れの中は、思っていたよりも暗かった。
子供の頃、かくれんぼで押入れに隠れた記憶があるが……こんなに暗かっただろうか? その時、隣で膝を抱えた格好で座っていた美凪が、急にクスクスと笑い出した。
「何だよ?」
「だって~。小さい時の事思い出しちゃったんだ。あたしと秋緒で、うちの押入れに隠れててさ、暗くて怖いって、秋緒が泣き出してさ。かくれんぼなのに、お姉ちゃんにすぐ見つかっちゃって…ぷふっ」
「………」
そんな事すっかり忘れていた。思い出すなよ、そんな事…。恥ずかしくて、顔が赤くなるのがわかる。
はっとして、顔を上げると、押入れの戸を少し開いたところから、椎名がにやにやと笑っていた。
「大丈夫かい? 暗いって泣かないでくれよ?」
「…大丈夫です」
「苦しくなるかもしれないから、ここを少し開けておくからね。決して、気付かれないようにね」
「はい」
ほんの五センチ程開けて、椎名はその場を離れた。
僕は明かりに近づいて、メモを開く。この明るさなら、メモをとるくらい出来そうだ。
「じゃあ、順にこっちに来てもらって」
椎名が、そう指示を出す声が聞こえた。
そしてすぐに、誰かが入って来た気配がした。
「えっと…。捜査一課の椎名です。すいませんねぇ、やり直しさせてもらって。朝食もまだなんでしょう?」
「いえ…。それどころではないですし……。弘二があんな形で死んだというのに、とても朝食なんて」
「そうでしょうね」
どんなに丁寧な言葉でも、どこか人を見下したような、尊大なこの話し方をするのは、円香の父親で長男の一志に間違いなかった。
「聞かれたかと思いますがね。昨晩から今朝にかけて、何か不審な音とか、言い争っているような声とか聞かれましたか?」
「いいえ」
一志は短く答える。
「そうですか…。では弘二さんが、どなたかとトラブルがあったというのは?」
「さあ? 弘二は仕事をしていなかったので…。ほとんど家にいましたから、そういう事は…」
「仕事をしていらっしゃらなかった?」
「はい」
この後も、椎名は数分にわたって、一志に色々尋ねていたが、これ以上は聞き出せないと感じたのだろう。ご苦労様でした、と一志を解放した。
一志と入れ違いで、また誰かが入って来た。
「ねえ、いつまでこんな事続けるの? 自殺なんでしょ?」
部屋中にキンキンと響くこの声は、万沙子だ。
戸の隙間からも、万沙子の派手な花柄のシャツと、紫色の髪が見え隠れする。
「弘二さんは、他殺の疑いもあるんです。……ところで、私は万沙子さんだけを、お呼びしたんですがね?」
「私たち、ずっと一緒にいたんですよ! 一緒でいいじゃないの! この人、私がいないと喋りゃしないわよ」
ここからでは見えないが、どうやら夫の基も一緒に入って来たらしい。
確かに、いつも二人は一緒にいるようだが―――。
仲のよい夫婦に見えないのは、何故だろう。
「…わかりました。いいでしょう」
その時、椎名の諦めたような声が聞こえた。
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