第7章 二通の遺言状(9)



「佐久間、ちょっといいか?」

 椎名刑事は立ち上がると、佐久間刑事にも立つ様促した。

 佐久間は立ち上がり、自分よりも背の低い先輩刑事に、少し腰を屈めて耳を寄せた。その耳に、椎名が何か囁くと、佐久間は何度も頷いて、隣の部屋へ出て行った。

 佐久間が出て行くと、椎名は元の場所に座り、今度は僕らに顔を近づけるよう促した。

 僕も美凪も、守屋も椎名に顔を近づけ、僕ら四人はお互いの息が掛かるほどの距離にいた。

 椎名は、もったいぶるように、一つ咳ばらいすると、僕らを交互に見ながら口を開いた。

「さっき佐久間にも言ったんですがね。事情聴取をやり直すんですわ」

「はい…」

 僕は大きく頷いた。

 先程の佐久間刑事のやり方では、あんまりと言えばあんまりである。

 その時、隣の部屋からざわめきが聞こえて来た。何だか早口で、キンキンとしたあの声は、万沙子だろう。しきりに刑事相手に文句を言いつづけている。

 暫らくすると、佐久間が困った様に太い眉毛を八の字に曲げて、こちらの部屋へ戻って来た。

「いやあ。参りました」

「お前が最初から、きちんとやってりゃ、こんな事にはならなかったんだぞ」

「はぁ…すいません」

 佐久間は大きな体を縮ませて、申し訳無さそうに俯いた。

 椎名は横で突っ立ったままの、佐久間を座らせると、自分自身に確認するかのように、小声で話し出した。

「……やっぱりあれは、他殺の可能性が高いんだ…。死亡推定時刻は、まだはっきりしとらんが、だいたい昨日

の午前一時から五時くらい…ですね」

 随分時間があるな……そう思いながら、僕は急いでメモに書き込む。

 壁に掛かった時計を見ると、七時半を過ぎたところだった。

 弘二が殺されて、まだ数時間しか経っていない事になる。

「その時、この家にいたのは、東郷家の親戚一同…と、家政婦一人と、あんた達三人……で、間違いないですね?」

「ええ」

 椎名の横にいた、守屋が返事をする。

 僕も今、名を挙げた人間の他には、出入りした者がいなかったと思う。

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