第7章 二通の遺言状(7)


「何だか恥ずかしい…。私だけ気を失っちゃったんでしょう?」

 そう言って、円香は本当に恥ずかしそうに、少し赤くなって俯いた。

「そんな事無いよ~? あたしだって、気を失いそうだったもん」

「…そうなの?」

「うん。だって……びっくりしたもん」

 美凪の言葉に、自分だけではないと思ったのだろうか。円香はちょとだけ笑みをこぼした。それから思い出したように顔をを上げた。

「あっちで刑事さんに聞いたんだけど、今みんな集まっているんでしょ? 二人とも何でこんな所に?」

 僕と美凪は、顔を見合わせる。

「あ、えっとね。トイレ…。もう終わったけど」

「そう…」

 美凪が急いで答えると、円香は頷いたものの少しだけ首をかしげる。

 無理も無い。いくら幼馴染でも、一つしかないトイレの前で、男と女が用も済んだのに、立ち話もないだろう。

「…とりあえず、一緒に行こうか」

 僕がそう言って奥の部屋を指差すと、円香も美凪も頷いて歩き出した。










 奥の部屋をそっと開ける。

 こっそり入ろうと思ったのだが、中にいた全員が僕たちに振り返った。

 そして部屋の一番奥にいた、頼りがいがあるような、そうでもないような刑事の佐久間が、大股で僕たちの前までやって来た。

「遅かったですね。皆さんはもう終わりましたから、次は円香さん、いいですか?」

「あ、はい…」

 円香が佐久間の後ろに付いて、となりの部屋へ消えると、脩が僕にそっと近づいて来た。

「円香……自分で起きてきたのかい?」

「はい。さっき廊下で会ったんです」

 心配していたのだろう。それを聞いた脩は、小さく息を吐いた。 

「あの、修さん。修さんも事情聴取、済んだんですか?」

「まあね。心配しなくても大丈夫だよ。大した事は聞かれないから…」

 脩の言葉に頷きつつも、僕は眉をひそめる。どう見ても他殺な事件なのに……。そして犯人はこの部屋の中にいる誰かに間違いないのに……。こんな簡単な聴取でいいのだろうか?

 そこまで考えて、僕は自分の思考に驚く。

(まさか、そんな―――)

「秋緒!」

 不意に呼ばれて、僕は思わず周りを見回す。横で美凪が、困ったような顔で僕を見つめている。

「何考え込んでんだよ? 次、秋緒だってば」

「え?」

 見ると、いつの間にか円香も部屋の中にいて、佐久間が別室から日に焼けた顔を出し、僕に手招きしていた。

 何だか授業中に、居眠りでもしていたような気分だった。

 ニヤニヤ笑う彬の横を通り過ぎて、別室に入り後ろ手で襖を閉めると、目の前にいた佐久間が腰に手を当てて、むっつりと口をへの字に曲げている。

「な、何ですか?」

 僕は何か、まずい事でもしたのだろうかと思ったが、そうではなかった。

 佐久間は僕のすぐ後ろにいた、美凪を睨んでいたのだ。

「美凪! 何でお前もいるんだよ? 順番待ってろよ」

「いいじゃん。ね?」

 悪びれる様子は全くない。

 いつもの調子で、ぺろりと舌を出すと、美凪はさっさと座布団を引き寄せると、その場に座ってしまった。

 佐久間は困った様に、頭を掻いていたが「ま、いいでしょう」と言って、自分も座り手帳を開いた。刑事がそう言うなら問題ないのだろう。僕も座布団を取り美凪の横に座った。



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