第7章 二通の遺言状(2)



「そうだ。弘二を降ろしてやらないと…」

 僕が周りを見回していると、一至がそう言いながら、弘二の体を引っ張り出した。だが天井からぶら下がった弘二の体は、多少の力では引っ張り降ろす事は出来ないらしく、一志は小さく舌打ちすると、後ろで突っ立ったままの賢三に向かって言った。

「おい、賢三! 納屋に脚立があったろう。あれ持って来い!」

「あ、ああ…」

 一志の声で我に返ったのか、びくんと体を震わせると、賢三はのろのろと納屋へ歩き出した。

「待って下さい!」

 僕は思わず叫んだ。

 脚立という言葉を聞いて、僕はとんでもない事を見つけてしまったのだ。

 あるべき物が無かった。

 いや、無くてはならないのに、それが無い―――という事は?

「何だボウズ! 邪魔をするな!」

 一志が睨み付けてきたが、僕は怯まなかった。

「…どうしたの秋緒?」

「自殺だとしたら…変なんだよ」

 いつの間にか僕の横にいた美凪が囁く。

「へん?」

「……何だお前! いつまでも弘二兄さんをこのままにはしておけないだろう!」

 納屋へ脚立を取りに行こうとしたのを、止められた賢三が大きな声を出す。

「すいません。でも警察が来るまで、現場はこのままにして欲しいんです」

 遠くから、サイレンの音が聞こえて来た。

 警察と救急車なのだろう。

「変なんです。見てください…」

 僕は部屋の中央を指差す。

 そこにいた全員が――気絶していた円香以外――注目する。

「無いんですよ」

「だから何がだ!」

 苛々とした様子で、一志が部屋の壁を叩いた。

「自殺に必要な、踏み台が無いんです―――」

「ふ、踏み台?」

「そうです。だって、天井から首を吊る時、下からは届かないのだから、踏み台が必要じゃないですか?」

「本当だ!」

 声のした方を見ると、縞のパジャマを着た守屋だった。東郷家の人々をかきわけて、僕の隣までやって来た。

「秋緒君の言う通りだよ。一志さん、こりゃ変だ」

「守屋さんまで…」

 一志は不満げに、僕をまた睨み付けた。僕は少しホッとした。守屋の存在が有り難かった。守屋がいなかったら、僕はここでも相手にしてもらえなかっただろう。

「それで、弘二さんの遺体を最初に発見したのは…?」

「あの…私が……」

 そう僕が聞くと賢三の妻、文子がおずおずと手を挙げた。

 文子を見て、僕はふと思い出した。



 東郷 正将が死んだ時の、第一発見者は、文子ではなかったか? という事を。


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