第7章 二通の遺言状(3)


 僕が文子に、その事を確認しようとした時――。

 玄関の方が騒がしくなり、家政婦の寺本が廊下から申し訳なさそうに顔を出して言った。

「あの。警察の方がいらっしゃいましたけど…」

「ああ。通してやってくれ!」

 一志は、わざと僕を手で押しのけながら、廊下の方へ歩み寄った。

 押された僕は、少しよろけたが、守屋がすかさず僕に手を貸してくれた。その時廊下から、ひょっこりと見知らぬ男が現れた。

 小柄なその男は、その場にいた全員をぐるりと見渡すと、小さくため息をついた。そして、部屋の中央からぶら下がった弘二を見て、更にため息をつく。

「やれやれ。何だっていうんですかねェ」

「すいません。その…」

 一志が頭をかきながら、とりあえず謝る。

 小柄な男は、少し猫背気味だった。たぶんこの男が、守屋が言っていた刑事なのだろう。

 その刑事は、後からやって来た男達にさっと説明すると、部屋の中でぼんやり突っ立っていた僕らをじろりと睨んだ。

「これからちょっと調べさせてもらいますのでね。あんた方は別室で、前と同じ様に一人づつ話を聞かせてもらいますね。……佐久間!」

「あ、はい!」

 猫背の刑事が、廊下でじっとこちらを見ていた若い男に声を掛けた。

 背が高くがっちりとした男だった。色が黒く、首筋には皮が向けたあとが残っている。

「お前、ぼんやりするなよ。いいか? お前はこの人達をどっか…静かな別室へ連れて行って、一人づつ話を聞くんだ。わかったか?」

「はいっ。頑張ります!」

 大学のサークルの、先輩と後輩のように、佐久間と呼ばれた若い刑事は、背筋をしゃんと伸ばすと、大きな声で返事をした。

 それを見た美凪が、僕の横で小さくふき出した。

 佐久間は、僕らの方へ向き直ると、黒い手帳を取り出した。

「え―――と。一志さんは?」

「あ、はい」

 一志が手を挙げると、佐久間は手帳を見ながら、大きな声で読み上げた。

「失礼します! 私、神奈川県警察捜査第一課、佐久間 祐司です! これより…」

「佐久間!」

 佐久間より大きな声で、猫背の刑事が一喝する。佐久間だけでなく僕らも思わず体をぴくりとさせる。

「な、何ですか、椎名さん」

 先程の元気はどこへやら。佐久間は長い背を縮みこませると、叱られた子供のような目で猫背の刑事をちらりと見た。

「いちいち自己紹介なんかしなくていいんだよ! さっさと行け!」

「でも椎名さん。まずは挨拶を…と習いまして……」

「いいから!」

 更に一喝されて、佐久間刑事は渋々と手帳をしまった。

「では家政婦さん。どこか別室を用意していただけますか?」

「はいっ」

 佐久間に頼まれて、家政婦の寺本は慌ててどこかへ走って行った。

「どうも。椎名刑事」

「ん? ああ……あんた確か弁護士の」

「守屋です」

 そう言うと守屋は軽く頭を下げた。猫背の刑事椎名も、軽く挨拶を返す。その時寺本が「用意できました」と、部屋へ帰って来た。

 その場にいた全員が、その部屋へ移動する事になった。

 ただ、まだ気を失ったままの円香を、部屋へ連れて行ってから――と脩だけが後から行く事になった。

 だが僕はまず、この刑事と話がしたかった。

 僕と美凪―――そしてなぜか守屋まで部屋に残っていた。

 部屋から出ようとしない僕らを、椎名は迷惑そうに睨み付けた。

「困りますね。あんたらも出て行ってほしいんだが」

「後で身体検査でもなんでもしますよ。でもその前に、ちょっと見せてもらいたくて」

 椎名は太い眉をひそめた。

「あんたも、たいがい好奇心旺盛ですな。でも駄目ですね」

 すると守屋は、椎名にそっと耳打ちする。椎名の小さな目が驚きで丸くなるのがわかった。

「本当ですか、そりゃ……また…」

「ええ。ですからそういう事もあって、私にも確認させてもらいたいんですよ」

「……わかりました。そういう事なら」

 守屋は、椎名に何を話したのだろう。

 椎名は諦めたように肩をすくめると、今度は僕と美凪を不思議そうに見詰めた。

「この子らは……守屋さんのお子さんで?」

「いや、この子らは…」

「僕は遊佐探偵事務所の者です」

 椎名は今度こそ胡散臭そうに、僕を睨み付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る