第6章 円香と美凪(5)
万沙子は、廊下に佇む僕らを一人一人じろりと睨みつけると、ふんと鼻で笑った。
「円香…また、あんたなの? 弘二の相手くらいしてやればいいだろ?」
「ごめんなさい……あの、でも…」
「でも、何だっていうんだい! はっ。父さんに気に入られてたのだって、なんかあるんだろ?大人しそうな顔してやるじゃないか」
「……」
万沙子にこうまで言われても、円香は下を向いて口をぱくぱくさせていた。
そんな円香を見て、万沙子はまた笑うとぴしゃりと襖を閉めた。
「なんか言ってやればよかったな~」
万沙子の部屋の前から少し離れた場所に移動すると、美凪が腕を組んだ格好で万沙子の部屋を睨んだ。
実は僕も、さっきの万沙子の態度や言葉には腹がたったのだがこれ以上部外者が口を出すと、ますます円香の立場が悪くなるような気がして、ぐっと堪えたのだ。
「ごめんね。ホントにごめんね」
円香がまた謝る。
「いいよ。円香さんが悪い訳じゃないんだし…」
「そーだよ。ね! 一緒に寝るんだよね? 円香ちゃんの部屋に行こうよ」
「うん…」
美凪が、円香の背中を軽くたたいて言うと、円香は漸く笑顔を見せて、僕に「おやすみ」と言うと、美凪と一緒に部屋へと戻って行った。
「お兄ちゃんって、探偵なの?」
「え?」
足元に小柄な女の子が立ち、僕を見上げていた。
奈々だ。
そういえば一緒に居たというのに、僕は奈々の存在をすっかり忘れていた。
「ううん。探偵なのはお兄ちゃんのお父さん。僕は…助手なんだ」
「じょしゅ?」
「ああ……えっとお手伝いだよ。見習いというか…わかる?」
実際は見習いでも助手でも何でもないのだが。
奈々は見習いという言葉はわかったのか「そうか~」と言って頷いた。
「でも円香お姉ちゃんを、助けに来てくれたんでしょう?」
「……まあ、うん」
「良かったぁ。だってここって、意地悪な人ばっかりなんだよ」
そう言うと、奈々は急に小声になって口元に手を添えると、もう片方の手で僕にしゃがむ様手招きした。
廊下の隅で内緒話をしたいらしい。
僕は奈々のそばへ寄り、しゃがみ込んだ。
「あのね。お姉ちゃんを苛めないイイ人って、脩兄ちゃんと先生だけなんだよ」
先生、というのは江里子の事なんだろう。
確かにあの二人は、円香に対して好意的ではあるが……。
「でも、おじいちゃんにも可愛がられてたんでしょ?」
円香は東郷 正将に気に入られて、財産のすべてを受け継ぐのだ。
ところが奈々は、眉をひそめると急に険しい顔をした。
「全然だよ。おじいちゃんはお姉ちゃんを苛めてたんだよ。お姉ちゃん泣いてたのに、苛めてたんだから。それなのにお金いらないって言ってるのに無理やりあげるって言われて可哀想なんだよ。奈々のお母さんも言ってたよ」
「え…」
東郷 正将が円香を苛める?
初耳だった。
実際、円香自身からそのような話は聞いていないし「おじいさま」と呼んで、とても可愛がられていた印象を受けたのだが。
泣いていたのに、苛められていた?
その事をもっと詳しく聞こうとしたが、それは奈々の母親である文子が来た事で、打ち切られた。
「奈々。あんたどこに行ったかと思ったわよ」
「お母さんだ」
文子は、僕を見ると軽く会釈して引きずるようにして奈々を連れて行ってしまった。
一人取り残された僕は、さっきの奈々の言葉が信じられずにいた。
奈々は確か小学二年だったはずだ。
確かに子供だが、嘘をつく理由も思い当たらない。明日円香に聞いた方がいいのかもしれない。
僕はそんな事を考えながら手洗いに行き、用を済ますと与えられた部屋へ向かおうとした。
が、どこからかひそひそと話し声が聞こえて、僕は思わず立ち止まり耳を澄ませた。
どの部屋からかはわからない。
だが聞き覚えのある声だった。
「…ちゃんと言った方がいいと思いますよ」
「だが……だし。それに……」
「あの人も来た………し。朝、タクシーの人に……」
「え? ……まさか」
所々が聞き取れないが、脩と江里子に間違いなかった。
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