第3章 花畑の彼女(3)


 円香の部屋は、屋敷の一番端にあった。

 襖を開けると、円香は僕らを部屋へ招き入れた。

 部屋は十二畳位だろうか、広々としている。しかも、部屋には机とイスが端に置いてある位で、他にはこれといった物がほとんど無く、更に広く見えた。

「わあ…いいなあ、広いね! あたしの部屋なんてお姉ちゃんと一緒で八畳なんだよ~」

「え、お姉さんがいるの? いいなあ」

「うん。一人だけどね」

 実は美凪には、姉が一人いた。まだ近所に住んでいた頃は、美凪と共に、よく遊んでもらった記憶がある。

「もう、働いてるんだけどさ、どっかアパートにでも引っ越せばいいのにさ~、出て行かないんだよね」

「お姉さんが出て行くと、お前が困るだろ?」

「何でよ」

「いつも英語の宿題、やってもらってるんだろ?」

「そんなの、た・ま~にじゃん!」

 美凪はそう言って、むくれた。それを見ていた円香は、ぷっと吹き出した。

「二人とも、仲いいのね。面白い」

 その時、襖がからりと開いて、悦子が飲み物を盆に乗せて入って来た。

「円香、具合はどうなの?」

「大丈夫だってば」

 円香がそう言うと、悦子は「無理しないでよ」と言いながら、出ていった。

  飲み物を僕達に渡しながら、円香はにこりと笑った。

「暑いのに……。わざわざ来てくれてありがとう」

「いいよ~今、夏休みだし! ねえ秋緒?」

「ああ」

 本当は、嫌々ここへ来たとは、とても言えなかった。

「円香ちゃん、さっき病気じゃないとか言ってたよね。どういう事?」

「ん…。わたし、生まれつき肌が弱いの」

 円香は、飲み物にひとくち口を付けると、少しづつ話し出した。






 円香は、生まれつき肌が弱いのだという。

 だが、それは病気と言うほどではないらしい。

 今日の様に、暑い日に陽射しに当たると、肌が赤くなり放って置くと、腫れ上がったり、軽い火傷のようになるのだという。

 病気――という訳ではない為、普通に学校へ通ったものの外での体育はいつも見学。普段の登校でも、帽子や日傘は必需品であった。



 もちろん、学校の許可はあったが、周りからは色々言われたらしい。

 友達は全くいないという訳ではなかったが、外遊びは出来ない。

 夏休みに、プールへも行けない……。

 そして、段々と円香と話す友達は、一人二人――と居なくなってしまった。

「肌が弱いだけで…どこも悪くないから」

 コップに入った、氷をカラリと鳴らして円香は俯いた。

「高校へ行ったけど…やっぱりこんな事が続くとあんまり良く思われないみたいで……。一学期も途中であんまり学校行かなくなっちゃって」

 それで、江里子先生に家庭教師として来てもらったの。と、囁くような小さな声でそう言った。

「それで、ああやってたまに庭で散歩するの?」

 僕がそう聞くと、円香が頷いた。

「家にばかりいるから、体力なくて。短時間なら……」

 その時、ずずずっと飲み物を啜る音が響いた。

「美凪……お前なァ」

「ごめ~ん」

 美凪は、ぺろっと舌を出した。

 こいつ本当にやる気あるのかなあ。

「でもさあ。おばさん、すっごく心配してたじゃん? それ以外にもあるんじゃないの?」

「無いわ。それは…たぶん……わたしがここの跡取だから」

「おじいさんの遺言ではそうなってるんだよね?」

 僕が確認すると、円香はまた頷いた。

「おじい様は、わたしをすごく可愛がってくれてて…でもあんな遺言を遺してくれてたとは知らなくて……無効にしてくれる様、弁護士さんにお話しようと考えていたんだけど、お母さん達に怒られちゃって」

 それはそうだろう。

 自分の娘に、財産のすべて、だ。円香は未成年であるから、親の管理化となるだろう。

「円香ちゃんは、跡取になりたくないの?」

「……とても自信が無いの」

 ふるふると首を振って、円香はため息を吐いた。

「財産全部って、ここの屋敷以外にも沢山の土地とかあるの。お父さんが不動産してて、うちの土地も貸してるみたいなんだけど、それをわたしなんかが管理するなんて………、絶対無理!」

 最後の言葉を、強くはっきりと言うと、円香は飲み物に口をつけた。




 確かに…。

 どの位の規模なのか判らないが、高校生の女の子が一人で背負うには、荷が重そうだ。

 もし仮に自分が円香の立場だったら―――?

「ところで悪いんだけど、おじいさんが亡くなった時の事、分かる?」

 聞く事に、少し抵抗があったが、本題に移りたかった。

 もし死亡原因が他殺であれば、遺言は無効になる。

 そうであれば、円香は楽になるだろうか?

「おじい様の…? そうよね、その為に来てくれたんですよね」

 円香は、コップを足元に置くと、その時の事を思い出すように目を伏せた。



 そしてしばらくそうしてから、ゆっくりと目を開けて、僕達を見つめて話しだした。


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