第3章 花畑の彼女(2)
庭―――。
庭というと、さっき通ったあの広い純日本風の庭園のことだろうか?
その庭のどこに――と聞こうとしたが、悦子達は僕と美凪を残して行ってしまった。
「庭だってさ。秋緒、ちょっと行ってみようよ」
「ああ。あ、でもお前荷物置いてから」
すると、美凪は僕に与えられた部屋に、荷物をどかりと置いた。
「ちょっとここに置かせてよ」
「……いいけど」
たぶん、美凪の奴は、江里子との部屋を探すのが面倒なのだろう……。
僕達は、そろって庭へ出てみる事にした。
さっき通った時も思ったが、庭は本当に広かった。
もしかするとTVなどの撮影にも使われた事が、あったのかもしれない。隅々まで手入れは行き届いている。専用の庭師でも、いるのだろうか?
しかし庭へと出たものの、何だか同じ所を、ぐるぐる回っているような気がする。
「ねえ。この池、さっきも見なかった?」
美凪が、汗を拭いながら、目の前の小さな池を指差して言った。
「うん……。見た、かな?」
小さな池の周りには、いくつもの石灯籠が置いてあり、二~三歩で渡れそうな、小さな石橋が架かっていた。確かに見た記憶がある。
どの方向を見ていなかったかと考えていると、既に歩き始めていた美凪が僕に手招きしていた。
「ねえ! こっちの竹林は見てないよ~。行ってみようよ」
「竹……?」
美凪が言う、竹林を見ると、確かに見たことが無い。
僕達は、そこへと足を踏み入れた。
「わぁ! ここ、涼し~い」
美凪が、嬉しそうに両手を広げた。
「ああ……」
僕も、額の汗を手で拭いながら頷いた。
竹林の中には、小道があり、奥へと続いていた。道の両端に生えている竹は、高く伸びており、陽射しはほとんど遮られ、少しひんやりとしていた。
竹林は、ほんの二十メートルくらいだろうか?そこを抜けると、陽射しが目に飛び込んで来た。僕は、すっと眼を細める――と、どこからか甘い香りがした。
「秋緒! 見て……」
「え?」
僕の目の前に、色とりどりの花が飛び込んできた。
僕には残念ながら、花の名前はわからない。ただ、男の僕にも綺麗だと素直に思った。
さっき、甘い香りがしたと思ったのは、この花だったのだ。
純日本風の庭園から一変、いきなりの花畑に、僕らはしばらくぼんやりと眺めていた。
「秋緒、あの人……」
「……」
ふいに、美凪が花畑の中を指差した。畑の中に、人が立っていた。美凪の声に気が付いたのだろう。その人は、ゆっくりと振り向いた。
一面の花畑の中に、その少女は佇んでいた。
白いワンピース。白いパラソル。亜麻色の髪が、風にふかれたその姿は、おとぎ話のワンシーンの様で、僕は一瞬声が出なかった。
「誰なの…?」
白いパラソルに、白いワンピースの少女が聞いた。
僕と美凪は、突然目の前に広がった、別世界に見入っていた為反応が遅れてしまった。
「ここはうちの…東郷の庭よ? あなたたち、誰?」
「あ…僕達」
「あたし達ね探偵――の助手なんだけど。あなたが円香ちゃん?」
美凪が僕の言葉を遮って、そう言うと、少女は目を輝かせた。
「じゃあ、江里子先生が言ってた、探偵さんなのね!」
「うん。あたし美凪。こっち秋緒」
「わたし、円香です。わあ……ホントに来てくれたのね! 嬉しい」
そう言うと、円香は僕達の方へ、近づいて来た。
東郷 円香は、驚くほど色が白かった。
暑さの為か、顔がほんのりと赤くなっていたが、毎日の様に外で走っていた美凪が横に並ぶと、ますます白く見える。
美凪もそれに気付いたのだろう、自分の腕と、円香の顔などを見比べている。
「円香ちゃんって、色しろ~い! きれいだなあ~」
「え…そうかな……」
円香はちょっと困ったような顔をして、少し笑った。
色が白いという事を、気にしている風に見えた。
僕は、話題を変えた。
「すごい庭だよね。それにさっきの花畑も…」
「おじい様が作らせたんですって。おばあ様の趣味だったらしくて。あのお花畑は、おじい様がわたしの為に作ってくれたの」
おじい様―――。
僕と美凪は、少し目を合わせた。
古風な呼び方で、他の誰かが言ったら、噴出してしまいそうだったが、円香が言うと、とても普通で、合っていて不思議だった。
「おじい様って、東郷正将さん?」
「うん、そうよ」
僕達は話しながら、玄関まで戻り、三人揃って家へ上がった。
すると、奥から悦子がタオルを片手に廊下を駆けて来た。
「円香! あんた、いつもより遅かったじゃないの」
「お母さん……。ごめんなさい。この人たちと話してて…」
悦子は、円香をタオルで拭きながら、僕と美凪を睨みつけた。
「あんたたち、円香が疲れるほど何を話してたの」
「やめて、お母さん…。大丈夫、疲れてないから」
円香がそう止めると、悦子はタオルを受取り、立ち上がった。
「……わかったわ。じゃあ、飲み物を部屋に持っていくから。少し休んでなさいよ」
「うん」
円香が頷くと、悦子はまた奥へと消えた。
「ごめんね……」
悦子が見えなくなると、円香はすまなそうに謝った。
「え? 別に、怒ってなんかいないし……ねえ、秋緒」
「うん。でも、円香さん、体弱いみたいだね」
そう僕が言うと、円香は軽く首を振った。
「弱いって訳じゃないの。ごめんね、少し話した方がいいわよね。部屋で言うね」
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