第3章 花畑の彼女(1)


 気のせいではない―――はずだ。

「どうしたの。秋緒」

「あ、うん」

 突然立ち止まった僕に、美凪が首をかしげながら声をかけた。

  僕はもう一度耳を澄ます。

 と、ぱたぱたと誰かが走って行くような音が聞こえた。僕は急いで、音のした部屋の襖を開けた。

「失礼!」

 がらがらっと音をたてて、思い切り開けた――が。

 十畳程のその部屋には、誰もいなかった。


―――気のせいか?


 誰かに見られていたような、気がしたのだが。僕は少し神経が高ぶっているのかもしれない。そう思い、静かに襖を閉めると、先を歩いていた美凪と江里子がやって来た。

「どーしたんだよ」

「何かあったの、秋緒君」

「いや。何でもないです」

 僕は二人には何も言わない事にした。たぶん、気のせいなのだろうから。

「なーんだ、急に走って行くんだもん。びっくりした」

「ごめん」

 僕は素直に謝った。

「じゃ、部屋はこっちだから」

 そう言って、江里子が先に歩き出した。僕達も後に続く。

 廊下の角を曲がる時、僕はまた後ろを振り返って見た。だが誰もいなかった。




 僕達が角を曲がって部屋へと向かった後、僕が開けた襖の陰から、誰かが僕らを見ていた……。

 だが、僕はもちろんそんな事は知らなかった……。




 江里子はがらりと、襖を開けると、僕をその部屋へ案内した。

「秋緒君はこの部屋を使ってね。―――遊佐先生用だったんだけど……」

 八畳の和室だった。テレビにテーブル、隅にはマッサージイスまである。

 色々揃えられた、いい部屋だった。


 僕は部屋へ入り、荷物を置くと江里子に聞いた。

「あの、円香さんに、会いたいんですけど」

「あ、そうよね。たぶんお部屋にいると思うんだけど……。それと美凪ちゃんは私と一緒の部屋でいいかな?」

「はい」

 さすがに、美凪の部屋までは用意していないらしい。

 どこでも寝られる美凪は、嫌な顔もせず返事をした。

 僕はさっそく、円香の部屋へ案内してもらおうとした時、廊下の向こうから円香の母親の悦子が、慌てた様子で駆けて来た。


「岡さん。悪いんだけど、ちょっと手伝って貰いたいのよ」

「は、はい」

「万沙子が来たのよ……。もう、文子は役に立たないし!」

 悦子は、苛々した様につぶやいた。江里子は、美凪に部屋の場所を伝えると、悦子と共に、行こうとした。

 僕は慌てて、悦子を呼び止めた。

「すいません! 円香さんの部屋はどこですか? 円香さんに会いたいんですけど」

 すると悦子は立ち止まり、僕を睨むように言った。

「円香なら、今はお庭にいるわ」

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