第2章 鎌倉へ(5)


「子供じゃないの……!」

 東郷 悦子は、喪があけたばかりだというのに、赤い派手な服を着ていた。

 悦子は、僕達の、頭のてっぺんから足の先までじろじろと無遠慮に眺めると、わざとらしくため息をついた。

「あの、奥様…これを、遊佐先生からお預かりしたんです」

 いかにも迷惑だと言わんばかりの悦子を見て、江里子がバッグの中から、一通の封書を手渡した。

 それは昨日、江里子が事務所を訪れた時に、父から預かったものだった。

 悦子はそれを、受け取ると手紙を開き、無言で一読した。

「……わかったわ。では、遊佐先生がいらっしゃるまでお願いしましょう」

 読み終えた手紙を折りたたみながら、悦子が言った。

 あの手紙には、どうやら悦子を納得させる内容が書いてあったらしい。

 ここで追い返されるのでは、と思っていた僕は、少し安心した。

「ちょっと、彬さん! こんな所に車を停めないでちょうだい。ちゃんと駐車場に持っていってよ!」

 悦子は門の前に、停めてある派手な車を指差した。

「へーへー」

 やる気なさげな態度の、彬を睨むと、悦子はさっさと門の中へ消えてしまった。



「おっかなそーな、おばさんだろ? 実際、おっかないんだけどさ」

 そう笑いながら、彬が言った。

「あの、彬さん」

「なに? センセ」

 彬は、ニヤニヤと笑いながら、江里子を見た。

 この人をこ馬鹿にしたような態度をとるのは、この男のくせなのだろうか。

 もしくは、わざとなのか――。

「いえ、万沙子さんとか、もう皆さん来ているのかと」

「知らねぇ~」

 万沙子というのは、彬の母親だ。一緒に来た訳ではないらしい。

 彬は、それだけ言うと、青い車に乗り込んだ。

「なあ、お前。気が変わったら言えよ。ドライブしよーぜ!」

 美凪にそう言い、返事を待たずに、いきなり走り出した。ボボボッと、ものすごい音を響かせながらたぶん駐車場があるという場所へ行ってしまった。

「びっくり……」

 僕の横で、美凪がぽつりとつぶやいた。

「江里子さん。あの人…彬って人は、さっきここへ来たって言ってですよね?」

 美凪と同じく、彬が向かった方をぼんやりと見ていた、江里子は、僕の言葉に慌てて向き直った。

 どうも、この人はぼんやりとする癖があるみたいだ。

「え? ああ、そうね。そう言ってたし」

「秋緒? それがどうしったっていうの」

「いや、さっきタクシーの中で聞いた話のこと。何か、派手な女の人が来てたっていってただろ? 彬って人の知り合いかと思ってさ」

 タクシーの中で聞いた話によれば、派手で、江里子位の歳だったということだ。

 派手そうな、彬と知り合いでもおかしくない。

「ああ~、聞けば良かったね。後で聞いてみようか」

「そうだなあ」

「彬さんに会いに来て、居なかったからあわてて帰ったんだよ」

「あわてて……帰るか?」

「そっか」

「あの、そろそろ中に入らない?」

 僕と美凪が門の前で、立ち話をしていると、江里子がそう言って、門の中を指差した。

「そ、そうですね」

 僕達は荷物を持ち直すと、江里子につづいて中へ入った。






 門の中は、思っていた以上に広かった。

「うわっ…すご~」

 美凪がきょろきょろとする。一体この屋敷の土地だけで、何坪位あるのだろうか?土地の価値などは、ほとんど判らない。僕は自分の勉強不足に、そっと舌打ちした。

 庭は、なかなか本格的な日本庭園だった。夏だというのにひんやりとしている。

 亡くなった、正将氏の趣味だったのだろうか?

 僕達は広い玄関で靴を脱ぐと、江里子の案内で手荷物を置く為取り合えず、客間へ行く事にし、長い廊下を歩いていった。


 その時だった。

 僕は誰かの視線を感じて、足を止めた。

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