第2章 鎌倉へ(3)
実は、僕は今まで一度も鎌倉へ行った事がなかった。
美凪もそうらしく、ホームへ降りると、おのぼりさんの様に、きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回している。
そんな僕達を見て、江里子はちょっと笑うと「出口はこっちよ」と先に歩き出した。
鎌倉駅は、結構混んでいた。
夏休みを利用して観光に来たらしい団体や、家族連れがひしめいている。
「ね、秋緒。あの人サーフィンするのかな?」
美凪の指差す方を見ると、成る程サーフボードを抱えた団体がぞろぞろと歩いていた。
「海が近いから…この時期は特に多いわよ」
確かに、ここから海岸が近くにあったはずだ。古くて、静かなイメージがあったが、今はそうでもないらしい。古いような新しいような、不思議な思いで道行く人を眺めていると、江里子がタクシーを呼びとめた。
「ここから遠いの?」
美凪の問いに、江里子は頷いた。
「ここから歩くと四十分位かかっちゃうの。……それに荷物もあるし」
僕達は、とりあえず一週間分の着替えを持って来ていたので、大きめのバッグは、パンパンになっていた。
流石にこれを持って、四十分歩くのはキツイだろう…。
僕達は江里子がとめた、タクシーに乗り込んだ。
江里子が、住所を告げて「東郷さんのお宅です」と、言うとタクシーの運転手は、「ああ、東郷さんね」と頷いて、走り出した。
「東郷さんって、有名なのー?」
後部座席から、身を乗り出すように、美凪が運転手に聞いた。
「まあね。この辺に古くからいる人なら、たいてい知ってるんじゃないんですか? 最近、ご主人が亡くなったらしいけど。あんたたち、親戚か何かかな?」
「……ええ、まあそんなもんです」
僕が適当にそう答えると、
「昨日、乗せた女の人も親戚かな?」と運転手が言った。
「女の人……ですか?」
「ええ、派手な感じの若いお嬢さんでね。昨日の夜に東郷さんの所まで乗せたんだけどね」
「派手な、若い人?」
江里子が考えるような顔をした。
僕も先程電車の中で書いたメモを取り出して見たが、確か若い女は円香くらいで――。
「ねえ、江里子さん。円香ちゃんって、派手なコなの?」
僕と同じ事を考えたらしい、美凪が聞いた。
「え…、ううん。円香ちゃんはそんな感じの子じゃないけど」
江里子の言うように、円香でないとなると、我々も知らない、遠い親戚か、誰かの知り合いだろう。
「まあ、東郷さんの家に行けば、わかりますよね」
そう、僕が江里子に言うと、それを聞いていたらしい運転手が、
「あ~、居ないんじゃないかな? 昨日、東郷さんの所まで乗せたら門の前で、待たされて又すぐ、駅まで来たんだから」と言った。
「帰った…んですか」
「門の前で車、停めて十分位かな? 慌てて戻って来てすぐ駅まで帰って来たんだけど」
僕は、手に持っていたメモに、この事を簡単に書き出した。
「済みません。その人の事もうちょっと詳しく話してもらえませんか」
「え…? 何、刑事かなんかみたいだね。でもなあ、詳しくと言っても、派手な感じとしか」
「おじさん、若い人って言ったじゃん。あたし位の人だったの?」
また美凪が身を乗り出した。
「ん? いやあ、もっと上かな? ああ、その端っこのお姉ちゃん位かな~。髪はそんなに長くなかったけど」
運転手は、チラリと江里子を見ながら言った。
「さっき、その人が慌てて…とか言ってましたけど、誰かに追い駆けられてたとか?」
「いや、誰も居なかったと思うよ。まあ、暗かったし…あ、そろそろ着きますよ」
タクシーは、閑静な住宅街を抜けると、竹薮の中を走っていった。
「この辺の土地も、東郷さんのじゃないかな」運転手の言葉に僕達は、窓の外を覗き込んだ。竹薮の道は、薄暗かったが、そこを抜けたとたん、日差しが直接、差し込んできて僕は眼を細めた。
「はい、着きましたよ」
僕の目の前に、時代劇かなにかのセットのような、大きな屋敷がでんと、構えていた。
「うわ……すっごい」
美凪もポカンと口を開けて、立ちすくんでいる。
江里子にタクシー代を払ってもらって、僕達が門の前まで行くと、その家には不釣合いな青いスポーツカーが一台停まっていた。
その車の横にいた男が、僕達を見つけると、手を振ってきた。
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