第2章 鎌倉へ(2)


「ごめんなさいね……」

 僕は何となくそうなんじゃないかと思っていたから、謝られると非常に辛い。

 美凪は気まずい雰囲気に、耐えられなくなったようだ。

「あのさ! うちら、ぜんぜん気にしてないし! それに勿論、行くからにはちゃんと調査するよ?」

「そうですよ。謝らないで下さい」

 僕と美凪の言葉に、江里子はゆっくりと顔を上げた。

「ホントにごめんね。改めてお願いしますね…」

「もー、謝らなくっていいのにー」

「でも…」

 このままだと、鎌倉に着くまで続きそうだ。

 僕は、話題を変えることにした。

「あの、江里子さん。円香さんの、親戚の事も少し知っておきたいんですけど」

「あ、そうですね……でも、私もそんなに詳しくは…」

「名前とか…あと、職業とかぐらいでいいので」

 そう言うと、江里子は自分のバッグから、手帳を取り出すと、

「じゃあ、簡単に」

 と、東郷家の人物を書き出した。


東郷正将(元当主・死亡)

東郷彰子(正将の妻)

東郷一志(かずし・正将の長男)

東郷悦子(えつこ・一志の妻)

東郷円香(まどか・一志の娘)

東郷弘二(こうじ・正将の次男)

東郷万沙子(まさこ・正将の長女)

東郷基(もとい・万沙子の夫)

東郷脩(おさむ・基の長男)

東郷彬(あきら・基の次男)

東郷賢三(けんぞう・正将の三男)

東郷文子(ふみこ・賢三の妻)

東郷奈々(なな・賢三の娘)


これによると、東郷正将氏には、四人の子供がいて、その内一人が女ということになる。

「この次男の弘二さんは独身なんですね?」

「……らしいです。奥さんを見た事がないですし。東郷さんの所のお屋敷に住んでいるんですけど、仕事はしていないようですね」

 僕は自分のメモに、書き込んでいく。

「この万沙子さんの旦那さんは、婿養子なのかな」

 万沙子の苗字は東郷のままだったのだ。

「そうです。基さんは小説家で、横浜に住んでいるそうです」

「えっ! 小説家なの? ペンネームは?」

 美凪が、身を乗り出した。

「いえ、確か名前はそのままで……東郷 基のはずですよ」

「…ん~。聞いた事ないな~」

「だいたいお前は、推理小説しか読まないじゃないか」

 そう僕が美凪を睨むと、江里子はちょっと笑った。

「実は私も、読んだ事ないんですよ。本屋に置いてなくて」

 よほど大きな書店か、注文しなければ見つけられないのだろう。

 つまり、大きな声では言えないが、あまり売れてないらしい。

「この万沙子さんの息子も横浜に?」

 万沙子には、二人の息子がいるのだ。

「いえ、確か下の彬さんは、東京で下宿してるはず…。上の脩さんは、カメラマンですよ」

「はー。カメラマン!」

 美凪が、感心したように言う。

 たぶん父親と同じく、あんまり有名ではなさそうである。推測だが。

「彬さんは下宿って、大学ですか?」

「そうです。どこか……マンションとか聞きましたけど」

 なかなか優雅な大学生らしい。

 父親は売れない小説家なのに、この羽振りの良さは――?僕が、そう考えながら、メモしていると美凪が江里子に質問をはじめた。

「ね、この奈々さんってどんな人?」

 東郷家の三男、賢三の娘のことらしい。

「奈々ちゃんは、小学生ですよ」

「なんだー。小学生か!」

「この奈々ちゃんも、鎌倉の家に?」

「いいえ、確か神奈川県のどこか……ごめんなさい。ちょっとわからないの」

「わかりました」

 僕は、さっとメモする。

 要するに、鎌倉の東郷家には、現在、円香とその両親と、次男の弘二の四人が住んで居るという事になる。

 この他に、誰か居るかと江里子に聞くと、

「あと、住み込みの家政婦さんが一人と、バイトの女の子が一人いますよ」と言う。

 東郷家とは、思っていたよりも立派な家らしい。

「この家政婦さんは…」

「あ、寺本さんです」

「寺本さんは、事件当時もこの家に居たんですか?」

「居た……と思います。詳しくは、ちょっと…」

 たぶん、バイトの女の子の事も、判らないのだろう。

 この二人についても、後で直接本人に会って、聞く必要がありそうだ。

 僕が、またメモを取っていると、美凪が立ち上がった。

「秋緒。次で鎌倉だよ」

 その言葉に、僕は慌ててバッグにメモを押し込めた。

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