第2章 鎌倉へ(1)


 次の日の朝。

 僕と美凪は、JR東京駅にいた。ここから、東郷家のある鎌倉まで横須賀線で行く。ちょっとした小旅行である。

 最も、遊びに行く訳ではないので、大きな声では言えないが……。

 待ち合わせ時間より、早めだった為、江里子はまだ来ていなかった。横で、のんびり缶ジュースを飲んでいる美凪に僕は確認する。

「おい。ホントにおばさん達OKしてくれたのか?」

「え? 何が」

「だから今日、鎌倉に行く事だよ!」

「いいって言ったじゃん! 昨日電話でお母さんがおじさんと話してたもん。秋緒が一緒なら大丈夫だって」

 えらく信用されてるらしい……。

 相変わらず、男と出掛けるとは思ってないらしい。まあ思われても僕と美凪は何でもないんだけど。


 約束の十時少し前になった時、江里子が慌ててやって来た。

「ごっ、ごめんなさい! 待ったかしら?」

「僕達もさっき来たところですよ」

 ホントはもっと前に来ていたのだが…。江里子は僕の言葉にホッとした顔で、良かったとため息をついた。




 駅はそこそこに混んでいた。まあ、夏休み中なので、仕方ないのだけど。

 そこへ、丁度よく鎌倉方面行きの電車がホームに入ってきた。

 中も、やはりそこそこに混んでいて、とても座れそうも無い。だがこのまま待っていても、おそらくどの電車も同じだろう。

「江里子さん。これに乗っちゃいませんか?」

 江里子も僕と同じ考えだったらしく、「そうですね」と言い、電車に乗り込んだ。



 暫く、電車に揺られながら、僕達は無言だった。

 本当は、事件について、もう少し詳しく聞きたかったし、円香という人の事や、その親戚達の事も、聞きたかったのだが――。

 家についたら、改めてゆっくり聞こうと考えていると、美凪が、僕の腕を突いた。

「秋緒。空いたよ。ラッキ!」

 少し離れた端のボックス席が、空いたのだった。

 周りを見ると、東京を出た頃に比べて、だいぶ空いていた。

 立っている人もまばらである。

 江里子が窓際に座り、僕と美凪はその前に座る。

「少し疲れちゃいましたね」

 そう言うと江里子は窓を半分ほど開けた。真夏だというのに、いつの間にか、冷房は切られていたらしい。かわりに頭上の扇風機が回っていた。

 窓から、涼しい風が入り込んでくる。

 何だかここで、弁当でも広げたい気分だが、僕はバッグからメモ帳を取り出すと、「江里子さん。円香さんの事とか、その親戚の事とかもう少し詳しく聞きたいんですけど」と聞いてみた。

 江里子はぼんやりと外を眺めていたが、僕の言葉に慌てて向きなおった。

「そ、そうですね。じゃあ」

 事件の事も…と、思ったが、一般車両で、殺人(かどうかは判らないが)事件の話はいけないだろうと、他の事を聞くことにした。

「円香ちゃんは、高校一年生で……」

 江里子は円香の事や、遺産の事などを話し始めたが、それは昨日事務所で聞いた話ばかりだった。

「それは、昨日聞いたんですけど……それ以外で江里子さんの知っている事は?」

「ごめんなさい。私、その時お宅に居なかったんで…」

 やはり、他の人に聞くしかなさそうだ。

「ねえ、江里子さんもおじさんのファンなの?」

 横で大人しく僕達の話を聞いていた美凪が、突然言い出した。

「え…? ファンって」

「うん。昨日さ、江里子さんどうしても、おじさんに来てもらいたい感じだったからさー。おじさんのファンなのかなーって」

 確かに、それは僕も感じたが――ファンという訳ではなさそうだった。

 江里子は、美凪の言葉に、かあっと赤くなって、慌てて下を向いた。

「あの…私、親戚の方達に、必ず遊佐さんを連れて来るって約束しちゃってて…秋緒くん達が来てくれたら、遊佐さんも来てくれるんじゃないかなって……ごめんね…」

 やはり思った通り、僕達はアテにされてたわけではなさそうだった。

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