お題「不思議な乗り物」


 それは不思議な乗り物だった。

 まずハンドルがなかった。よく見たら車輪もなかった。マフラーのようなものもない。

 先端は緩やかに鋭く、背後は途中で上から断ち切られたかのよう。大雑把に言えばバカでかい弾丸に座席部分がくり抜かれてるような外観で、実際に目の当たりにしなければこれが乗り物だとは信じられなかっただろう。


「大丈夫、ちゃんと走るから。しかも結構なスピードが出る。乗ってしまえば細かいことを気にする余裕はなくなるはずさ」


 ここまで案内してくれた男が言う。少し年上のように見えたその男は、笑うとまるで同い年かそれより下かのように印象が変わった。


「こう見えてちゃんと曲がれる。右に曲がれと思えば右に、左へと思えば左。下に向かうことも、頑張れば上に行くこともできる。ただ、Uターンはできないんだけどね」


 思いの外小回りがきくらしいそれをしゃがんで見つめてみた。マフラーどころかエンジンそのものがないようにも見える。知らない間にずいぶんと技術は進歩を遂げたらしい。もしかしたらそれ以外の何かによって……というのは流石に夢物語か。


「ただしさっきも言ったように結構なスピードが出る。曲がりたいときにはすぐにそう思わないとちゃんと曲がってはくれない。それだけはちゃんと覚えておいた方がいい」


 それが君のためになる、と男は言う。見上げるといつの間にか真顔になっていた。眼差しは強く、今度はずいぶんと年上かのように見える。


「分かった」


 立ち上がり、男の顔を見て頷く。

 そうして覚悟を決めて座席へと乗り込んだ。椅子は固くもなく柔らかくもなく、足はぎりぎり伸ばせる程度……まぁ、こんなものなんだろう。


「Good Luck!願わくばいい旅であらんことを」


 男がそう言って軽く手を振ったのが見えた。それは一瞬、すぐに乗り物は走り出す。想像していたよりも速いスピードで、弾丸のように真っ直ぐに───




  おぎゃあ

  おぎゃあ



「3060gの元気な男の子よ!よく頑張ったわね、お疲れ様」


 ───乗り物は、走り出した。

 

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