お題「貴方だったらよかったのに」
あなただったらよかったのに。
昨日の大事故を一面に載せた新聞を見ながら、私は不謹慎なことを考える。
最後に会ったのはもう十数年も前のことだ。写真があっても、もう姿が朧げになってきているぐらいの空白の時間がある。
あれは高校の卒業旅行のときだった。帰りのバスでたまたま隣りに座っていて、たまたまどちらも寝てなくて他愛もないおしゃべりをしていたのだった。
何もかもは終わってから聞いた話だった。
山中を走っていた際、突然飛び出した鹿を反射的に避けようとした対向車線の車がぶつかってきた衝撃でガードレールを乗り越えて崖に落ちたのだということも。
その崖は幸いにして浅く、大勢は軽傷で済んだことも。数名は命にかかわる大怪我を負ったことも、その内の何名かは実際に命を落としたことも。
そして、一名は行方不明になってしまっている、ということも。
一番最後まで声を聞いていたはずなのに、その声がもう姿以上にぼんやりとしていて思い出せない。
捜索を打ち切られてもう随分と経った。きっともうこの世にはいないのだろう、そんな話すらのぼらなくなった。みんな分かってる。私だって分かってる。だけど、分かってるつもりでも、ふとした瞬間にいる前提で考えてしまうことがある。帰ってきてるように錯覚することがある。きっと、別れが言えていないから。
見知らぬ誰かには本当に申し訳なく思う。
だけど私はそう優しい人間ではないしそんなに余裕があるわけでもない。だから、不謹慎だと分かっていてもこう思ってしまうのだ。
───あなただったら。さよなら、が言えたのに。
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