ある日(信じて正しかったもの いけなかったもの 或いは間の悪さについて)

 ぐん、と伸びをしてまち子は「やっぱ調子が悪いな」と感じた。頭がどことなく重たいし、伸びをしたことで一瞬クラッとなった。肩から背中にかけて強ばりも感じる。多分疲れているんだろう。だけどそのくらいで仕事は休めない。

 リビングのドアを開けて廊下に出る。そうして寝そべっているゴールデンレトリバーのタローをわしゃわしゃと撫でた。もう年寄りに近い年齢のタローはほんの少し顔を上げてまち子を見ると、緩やかに尾を揺らしながらまたすぐに元の体勢に戻ってしまう。若い頃は大層なヤンチャ坊主だったのだが、もういい加減そんな歳でもないらしく、ただひたすらに撫でてもらうことを好む。

 まち子もタローを撫でるのは好きだったが、流石に出勤前にそう存分に撫でてはいられない。程なくして立ち上がると「行ってきます」と母親に声をかけて玄関へと向かう。タローはやっぱりほんの少し顔をあげるだけで、また元の体勢に戻ってしまう。それを見てまち子はホッとした。というのも、以前ギリギリだったときタローに吠えて止められたことがあったからだ。あの時おかしく思って病院に行かなかったら一体どうなっていたことか。

 まち子は微笑み今度はタローに「行ってくるね」と声をかけ、玄関のドアを開けて出ていった。


 数時間後、タローは唐突にウォンと一言吠えた。

 それから数十分して今度はウォンウォンと二度低く吠える。誰か来たのだろうかと母親が腰を上げたところで電話が鳴り、タローに「ちょっと待ってて」と告げてそちらへと向かう。タローはウォンと吠える。


「はい、高崎で……あ、はい、まち子がいつもお世話に…………え…………?」


 母親の顔色がゆっくりと青くなっていく。タローはもう、吠えていなかった。

 


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