第4話/0-6 魔王を救う、もしくは倒す勇者の正体

 ハローハロー。

 と、言うべきなのでしょうか。

 そんなわけで俺は肉体を無くし、魔王城の一番奥にて彷徨える魂をやっているわけです。

 どうも魂の所在地は玉座に紐付けられているみたいで、あまり遠くに行こうとする

と、丁寧にもタブレットが警告してくれます。

 故に、勇者を待たねばならないのでしょう。

 しかしそんな俺の元に次に現れたのは、いかにも勇者いう称号とは縁なさげな、変な装飾品付きの青いタイツを着た目付きの悪い不健康そうな女性でした。

 ちゃんとすれば可愛げのある顔立ちと、それに似つかわしくない豊満なスタイルの良さなのですが、無気力な表情が素材をすべて潰してしまっています。

 あとこの青タイツ、どこかで見たことがありますね。嫌な予感しかしませんね。


「はぁー、やっと見つけたわよ、阿柄コウ。まったく、いったいこんなところで何をやっているのよ」


 彼女は俺を見るなりそういいます。

 初対面のはずなのですが、向こうはこちらの名前を知っている。嫌な予感ばかりがどんどん膨れ上がりますね。


「えっと……、誰ですか、あなた? どうやってここへ?」


 とりあえず気になることをぶつけます。

 姿から見てあのヴァイルとなんらかの関わりがあることは明らかです。

 しかしこちらの言葉を聞くと、その女性は驚いた表情でこちらを見開けしてきます。


「えっ、ちょっと、アタシのことわからないの? サラよ、サラ・マー!」

「いや、そういわれても知りませんよ……、もしかしてヴァイルの野郎が女装でもしちゃってるんですか?」


 その名前を出した途端に、サラと名乗った女性はただでさえ台無しになっている可愛らしい顔がもう取り返しがつかないほど歪みます。おお、怖い怖い。


「アタシが、ヴァイル? アタシがヴァイルですって?」


 掴みかからんが勢いで間を詰めてきて、思いっきり睨みつけてきます。


「撤回して! とりあえず、あんな奴と一緒にされたらたまらないわ! というか、ヴァイルは知ってるのにアタシはわからないの? あんなにイチャイチャまでしたのに……!」

「いや、そう言われても……」


 自分がこの女性とイチャイチャした記憶なんてどこにもありませんし、いろいろな意味でそんなことをしているビジョンも全く浮かびません。

 いったい彼女と俺の間に何があったのでしょうか。

 その答えは、意外な人物が教えてくれました。


「無茶を言ってやるな。この阿柄コウは君の知っている彼とは別人だ。どちらが本物なのかは別にしてな」


 いつの間にか俺の横に立っていたフードの男がそんな事を言っています。

 自称、しがない魔法使い。俺を魔王にし、そのためにこの城とのスペルの詰まったタブレットを用意した男。


「あなたは……」

「イフネ・ミチヤ! アンタが一枚噛んでいたのね! いったいどういうつもりなのよ!」


 フードのしがない魔法使いがサラにそう罵られます。

 イフネ・ミチヤという名前だったんですね、この人。やっぱり日本人なんですね。

 このやり取りを見ているとこの二人は元々の知り合いなのでしょうか。まあ、あまり良好な関係ではなさそうではありますが。


「どうもこうも、彼と俺は同じ世界の人間だからな。彼を無事に『地球』に送り返すのが俺の本来の仕事だ。まあ、あのイフリートのせいでなんか面倒なことだらけになっているんだが……」

「あー……」


 イフネの言葉にいろいろと納得をしたのか、サラもそんな声をあげて幾度かうなずきます。

 どうやら問題はそのイフリートにあるようで。


「それで、青タイツ軍団がここになんの用だ? そもそも、あのヴァイルが余計なことをしたから彼はこんなことになっているんだが」

「アイツは関係ないわよ。それより、もっと大きな問題が起こったらかこうして次元中飛び回っているんだって。ようやく阿柄コウを見つけたと思ったのに、もう……」


 話が噛み合っていないのは外から見ている俺にもわかります。当事者同士ならなおさらでしょう。

 空気を探るような気まずい沈黙が二人の間に生まれ、もちろん、俺もただ黙ってそれを見ています

 時間にして10秒程度だったでしょうか。

 そうやってしばらく考え込んでいたイフネですが、やがてなにかに思い当たったのか恐る恐る、確かめるようにして口を開きました。


「ちょっと待て。まさか、のほうになにかあったのか? あのイフリートが付いていながらか?」


 イフリート。

 再び出てきたその言葉で、サラも表情を歪めます。

 

「ええそうよ。あのリータがやらかしてくれたせいでクローズ・ギアは大混乱よ。ドールは機能停止するし、工場は凍結されるし、どこもかしこも警備隊で溢れているしで、まともに動けないったらありゃしない。アタシもようやく抜け出してきたんだから」

「なるほど……、まあお前の世界がどうなろうが知ったことじゃないが、それで、あの精神とイフリートはどうしたんだ? なんでお前が阿柄コウを捜しているんだ?」

「消えたのよ、リータも、阿柄コウも」


 それを聞いて、イフネは無言で頭を抱えました。

 しかしそれ以上に、どうリアクションをしていいのかわからないのは俺の方です。

 阿柄コウが消えたって……。俺はずっとここにいましたよ。

 まあ、これ以上黙って聞いていても俺の方に話題が回ってくる気配はありませんし、俺の現状を打開するためには、自分から動くしかないでしょう。


「えっと、ところで一つ質問なのですが、俺を救う勇者というのはこのサラとかいう女性でいいんですかね? それとも話題に上がっていたイフリートのほうです?」


 我ながら質問内容に中身があるとは思いませんでしたが、それでも、質問をすることが重要です。

 そのイフリートと自分は、いったいどういう関係なのか。

 そもそもそこがわかりません。


「いや、どちらでもない。だが勇者の方もちょっと厄介なことになりつつあるようでな。どうやら、あんたが救われるのはもうしばらく先になりそうだ」


 それだけ言って、イフネは一つ大きなため息を付きます。

 そして、あらたまった表情で、その勇者の正体を口にしました。


「じゃあ、もしかして、勇者というのは……」

「まあ、もう隠しても仕方ないな。そうだ、その勇者は。もう一人のあんただ」

「えっ、俺?」


 諦めた口調でイフネの口を出たその言葉は、俺にとってひどく重いものでした。

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