第3話 魔王の破滅
ハローハロー。
俺はいままさに危機的状況の真っ只中にいます。
相手は青タイツのヤバイ男、ヴァイル。
頼みのプリベントスペルもあっさりと破られ、放たれる衝撃波を避けながら必死に逃げ回っています。
作りおきのゴーレムでなんとか時間を稼いでいますが、陥落ももう時間の問題でしょう。
なので次の手を打つべく、物陰から物陰へ必死に逃げ回りながら、タブレットの中から状況に対処できそうなスペルを探している真っ最中です。
一応これまでも時間を見つけては内容を確認していたつもりなのですが、予想以上に数が多く、半分以上はほとんど内容がわかりません。
それにたとえ内容がわかっているスペルも、その多くは発動までにラグなどといった細部までは確認できないので、この状況で行き当たりばったりに使うのは流石にためらわれます。
一方で、そんな俺の状況も踏まえて、ヴァイルは余裕の態度でこちらを追い込んできます。
「いいかげん諦めたらどうかね、魔王殿よ。もう実力差ははっきりしただろう」
迫るゴーレムをなんらかの力でまたたく間に粉砕しながら、一歩一歩こちらに歩みを進めてきます。
「お断りしますよ。俺は俺のしたいことをするだけなんで」
それでも俺の答えは変わりません。
なにしろあの手の意識高いマンの特徴として、他人の自由意志を許さないというのが挙げられます。
いえ、なにも彼らは相手を奴隷状態にして束縛することに喜びを感じるというわけではありません。
彼らはただ自分のやっていることが絶対的に正しいと信じており、問題なことに、ある意味において本当に正しいので、他のやり方を非効率的だと切って捨てるのです。
その結果として、彼ら以外の人間は極度に先鋭化した効率主義の中ですり減っていくことになるのです。
そしてそれこそが俺がもっとも恐れている状況ですね。学生時代からいかにしてそこから逃げるかを考え続けてきたくらいですから。
まあ、そんな俺の過去はさておいて、今はそこに組み込まれないように必死に抵抗しなければいけないわけです。
とはいえ、状況としてはもう相当に切羽詰まっている状況なので、そろそろ真剣に最後の一手を見つけないといけません。
さらに時間稼ぎのためのゴーレムを投入しつつ、タブレットのページを切り替え続けます。
イメージとしては新米魔法使いが魔法書を必死にめくる姿や、あるいは例の猫型ロボットがあれやこれやと道具を引っ張り出す様が近いことでしょう。
まあ実際に動いているのは指先だけなんですが。
「まあ、このままだとジリ貧ですし、これしかない、ですね……」
そしてタブレットの電子的一番奥の、大掛かりなスペルのアイコンに指をかけます。
それは一度だけ使ったことのある、禁断の呪文。
その時にもうそれはそれはヒドイことになったので二度と使うまいと誓ったのですが、わりとあっさりと誓いを覆すことになってしまいました。具体的には6時間ぶり二回目、といったところです。
「ほう、この状況でまだそんな目をするとは。君の切り札、それほどのものか?」
余裕の中に警戒心をのぞかせ、ヴァイルは足を止めてこちらの様子をうかがいます。
そうです、それでいい。
ここでこちらの行動を阻止するために、多少のダメージを覚悟してそのまま突っ込んでくるタイプの相手なら、それで詰みでした。
しかし、この手のタイプは自分の力に自信がある上で完璧を目指しますからね、無傷で切り抜けられる手が見えているなら、それを選ぶことでしょう。
あとはこちらがその想定を超えられるかどうか。
「それほどか、どれほどか、地獄の蓋を開こうじゃありませんか」
そして俺は指でそのアイコンを押し、スペルを起動させます。
『
威圧的な二重の声とともにタブレットから光が溢れ、それに包まれることで俺の身体が変容していきます。
手には巨大な爪を持ち、赤い鱗に覆われた巨大な身体からはそれに応じた巨大な羽が生えています、その顔を自分で見ることは出来ませんが、大きく裂けた口には熱がこもっているのがわかります。
そうです。
俺は一匹の巨大なドラゴンになったのです。
最初の変身では自分の力を制御できず、解除の方法もわからず、なんとか解除したらどっと疲労に襲われたりと散々なことになってしまいました。
しかしこの異世界の恐るべき男を相手にするなら、これほどうってつけな力もありません。
「確かに、これは恐るべき大技だな」
ヴァイルもドラゴンとなった俺を見上げ、油断のない顔つきで睨みつけています。
そこへ向け、俺は容赦なく炎を口から吐いて浴びせかけます。
問答無用な感じになってますが仕方ありません。
なにしろこの炎の吐息の制御は俺自身にも出来ないのです。
いや、やろうと思えば出来るかもしれませんが、咳を我慢するあの息苦しさに加え、口の中が自分の炎で熱くなってくるというおまけ付きです。
完全な欠陥ですよね、これ。ドラゴンも大変だ。
こんなわけですから、このスペルは封印しようと思ったんですけどね。
「それに……この炎は確かに厄介だ……」
炎が晴れると、そこにはいくらか煤は付いたものの、ほとんど無傷でそこに立つヴァイルの姿がありました。
あの青タイツ、ダサいなりにちゃんと耐熱性能とかはありそうですからね。
とはいえ、ここまでノーダメージだとちょっとショックが大きいですね。
まあ炎のことは忘れて、物理に切り替えていきましょう。爪とか牙とか。
しかしその前に、ヴァイルのほうが攻撃を繰り出してきます。
「では今度はこちらの番だな……!『
二重の声とともにヴァイルの手から電撃が放たれ、ドラゴンとなった俺の巨体を打ちます。
強い衝撃。
生身のままの俺だったらその場で即死していたことでしょう。
しかしさすがはドラゴン、その衝撃を耐えきっただけでなく、いくらか焼かれた鱗もすぐに回復していきます。
おそらくその一撃で俺が致命傷を追うことなど無いでしょう。
ならばドラゴンとしての力がある分、こちらのほうが有利のはず。
そんな甘い算段を立て始めた、その時でした。
「ふむ、攻撃が通じないならこうするまでだ。『
ただ静かに、ヴァイルの二重の声が響きました。
それと同時に、まるで糸が切れたのように、俺を覆っていたドラゴンそのものが剥がれ落ち消え失せます。
そして、そこに残ったのはしがない異世界から来た木っ端ライターただ一人。
さらに追い打ちをかけるように、ドラゴン变化の反動で全身に強い疲労感が押し寄せ、立っていることもままなりません。
しかし、そうなりながらもなんとかタブレットに手を伸ばし、緊急脱出のアイコンへと触れます。
『
その瞬間、俺は自分の体が眼下に倒れているのを目撃しました。
ヴァイルも一瞬戸惑ったようでしたが、すぐさま冷静さを取り戻し、倒れた俺の抜け殻を抱えてどこかへと消えていきました。
一方で、ここに残ったのは肉体なき俺。
形だけのため息を付いて、俺は玉座だった場所の瓦礫に形だけ腰掛けます。
座ったまま途方に暮れていると、不意に、俺の目の前にタブレットが現れました。
肉体から分離した際タブレット自体は消滅したかと思われたのですが、どうやら時間差で戻ってくる仕組みだったようです。
そしてその画面には日本語でこんなメッセージが記されていました。
『魔王よ、そこで勇者の到来を待て』
こうして、俺はここでいつか来る勇者を待つことになったのです。
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