現代 日本

1-0 俺の異世界はどこから?

 ハローハロー。

 ここは俺の部屋。六畳一間の安アパートです。

 そんな俺の目の前には、出自不明の古ぼけたランプがあります。

 いつからあったのでしょうか。

 ランプ、といってもそれだけではちょっとわかりにくいですね。

 いわゆる明かりを灯すいわゆるランタンのご先祖さまみたいなランプではなく、急須とか水差しのはとこみたいなやつです。

 ひとことでいえばアラジンのアレです。わかりますか?

 まあ、現代の一般的な日本人には絶対にランプと認識されないでしょうし、実際、俺も水差しとして使おうかなと思っていたところでした。そもそも電気のある社会でランプを使う必要もないですしね。

 しかし問題として、このランプ、蓋が開かないのです。年代物っぽいですしどこかが歪んでいたりするのでしょうね。

 とりあえず振ったり叩いたりといろいろ試しては見たのですが、ガチガチに固まっていてびくともしません。

 あるいは、中で何かが固まってしまっているのかもしれませんね。

 まあ、開かないものは仕方がありません。

 元々こんなものを水差しに使おうとする時点で趣味というか酔狂以外の何物でもないですし、適当に飾っておきましょう。

 その時でした。


 ピンポーン。


 突然のインターホンの音で思考が現実に引き戻されます。

 時間は既に午後9時。突然の来客には少々遅い時間ですし、そもそも俺の家を訪ねてくる人間などほとんどいません。荷物の届く予定もありません。

 ましてやこの時間です。確実にろくでもない輩でしょう。

 無視を決め込もうかとも思ったのですが、このいろいろ筒抜けなボロアパートではそれもなかなかに難しいですし、周囲の住人を巻き込んでしまえば問題も大きくなりかねません。


 ピンポーン


 それを裏付けるかのように、もう一度インターホンが鳴り響きます。

 押した主は確実にこちらの存在を把握していることでしょう。面倒事からは逃れられそうもありません。 

 スマートフォンをいつでも110番通報できるように準備をして、ゆっくりと、気配を殺して玄関へと向かいます。

 そして玄関の覗き穴、いわゆるドアスコープからその来客を確認します。

 そこに立っていたのは、野暮ったいジャケットを着た一人の男性。

 うーん、残念ながら俺はその男性を知っています。

 会ったことはないはずなのですが、何度か話をした記憶は確かにあり、彼の名前もわかるのです。

 彼はイフネ・ミチヤ。日本人男性です。

 それを認識して、俺は玄関の扉を開きました。

 

「こんな夜分に申し訳ない。事前に場所は聞いていたんだが伝聞だけだとなかなかあんたの住処を見つけられなくてな。とはいえ、急いだほうがいい案件なんで、申し訳ないと思ったがお邪魔させてもらったよ。少し話をさせてもらってもいいかな?」


 珍しく本当に申し訳なさそうにそう語るイフネを俺は中へと招き入れます。

 

「まあ、散らかっていますが、どうぞ……」


 〆切直後ということもあってその言葉通り、いえ、言葉以上に部屋はひどい有様ですが、いまさらこの人物に対してそういった事を気遣う必要もないでしょう。もっと重要なことはいくらでもあります。

 部屋に入るなり彼がまず視線を向けたのは、机の上に置いたままになっていたランプでした。


「なるほど、これが彼女のランプか、ちょっと見せてもらってもいいかな」

「それは構いませんが……、このランプのことを知っているのですか?」


 思わずそう尋ねてしまいます。

 そもそもこのランプ、なぜ、いつから、どうしてこの部屋にあったのでしょうか?

 考えるたびにわからなくなります。


「そうか、今のあんたは知らないか……。じゃあちょっと趣向を変えようじゃないか。まずはこれをどうにかする必要があるからな。今から少し出かけようか」

「この時間にですか?」


 そうはいったものの、特に予定もありませんし、寝るにはまだまだ早い時間ですし、なにより彼に付いていけば面白いことがあるというのは間違いないでしょう。

 乗らない手はありません。


「ちょっとここでは不味いからな。ちょうどいい場所があるんだ。なに、そんなに遠くない。あっという間だ」


 はて近所にそんな施設などあったかなもと思ったのですが、この口ぶりだとどうもそういったものとも違うっぽいですし、そもそも俺の家もわからなかったイフネにそういった土地勘があるとも思えません。

 つまり、このイフネ・ミチヤが今から行こうとしているのは……。


「もしかして、異世界ですか?」

「ご明答。このランプの主のことも、そこに行けば思い出せるかもしれない」


 そんな、非現実的なことをイフネは平然と言ってのけます。

 そして俺もまた、そのことになんの疑問も持ちません。

 

 この『世界』には、地球以外の世界、いわゆる異世界というものが存在していることを。

 そして俺自身も、まるでゲームの再試行リセマラでもするかのように、いくつもの異世界を渡り歩いてきたことを。

 それが俺の『』だったのです。

 ランプの魔人と交わした三つの願い。

 ああ、すべて思い出しました。

 俺はそのランプの魔人へので、『もう一度、繰り返せ』と願ったのです。

 そうして残されたのは、異世界を知らない今の俺と、異世界に飛んだ俺。

 2つの記憶が衝突して、こちらの俺は異世界のことを忘れていました。

 あの、時が停滞する瞬間に、リータはその願いを叶えたのです。

 そう、リータ。

 すべての始まりである、ランプの魔人の少女。

 彼女は今どこに?


「リータ……、リータは今どこにいるんですか?」

「おっと、どうやら思い出させるまでもないようだ。じゃあもう出かける必要はないか?」


 俺の反応を見たイフネがそんな風に笑っています。

 記憶が戻れば、今度はこちらから彼に聞きたいことは山ほど出てきます。出かけている場合ではありません。

 しかしそれでも、一つだけ、行っておかないといけない場所があります。


「ええ、散歩に行く必要はないですね。でも、異世界には行きましょう。もう行く場所は決まっています」


 俺が思い浮かべた場所はただ一箇所。


「『連合都市世界ギルドシティ』のリータの部屋まで行ってもらえますか?」

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