双陽と翼竜と魔王の世界
第1話 俺が異世界で腰掛け魔王になったワケ
ハローハロー。
俺は今、この世界で魔王として君臨し、世界の果てとも呼ばれる城を居城にしていつか来るであろう勇者の到来を待っています。
いえ、正確には、俺を救ってくれる勇者が来ることを待っている、という方が正しいでしょうか。
恋する乙女みたいですね。そんないいものではありませんが。
まずそもそもの疑問としてあるのが、なぜ俺が魔王をしているのか。
俺自身もまだ実感がわかないのが正直なところなので、一度振り返ってみましょう。
全ての始まりはこの世界にやってきてすぐのことでした。
俺は馬車に撥ねられてそのまま意識を失い、生死の境を彷徨っていた、らしいのです。まあ、そんな状況ですからそのあたりの記憶はもうほとんどありません。
ではなぜ、そんな九分九厘死んでいた俺が魔王になったのか。
転生とかそういった類のものではありません。
一番近いのは、復活、でしょうか。
俺が目を覚ました時、俺の前には一人の男がいました。
黒い外套に身を包み、不敵に笑う男。
その顔は完全に日本人でしたが、しかしそれだけに、その得体の知れなさがはっきりとわかります。
しがない魔法使いと自称したその男は、日本語でべらべらと自己紹介をして、そして彼は、こともなげにこういいました。
「なああんた、この世界で魔王をする気はないか?」
「は?」
これがすべての始まりでした。
いきなり魔王と言われても反応に困ります。
そもそも彼がしがない魔法使いだとしたら、俺はしがない木っ端ライターにしかすぎないのです。
魔王をするために足りないものを数えるだけで日が暮れることでしょう。
「まあ、もう少し詳しい話をしようじゃないか。まず最初に伝えておかねばならないことだが、俺は今すぐにあんたを日本に送り返すことも出来る。というか、俺の本来の仕事がそれだ。しかし、ちょっと色々手違いがあってな、あんたにはもう少しばかりこの世界にいてもらいたいんだよ。で、どうせなら魔王……って話なわけだ」
言動の一つ一つがどうにも胡散臭い男です。
なんで遠く異世界に来てまでこんな胡散臭い日本人の口車を聞かされているのでしょうね。
「あとまあ、恩を売るわけじゃないが、あんたのその身体を治したのも、俺だ。死にかけていた、というか死んでいたからな、あんた」
態度からして明らかに恩を売ってきています。
なぜそんなに俺に魔王をやってほしいんでしょうか、この人は。
「それで、目的はなんなのです?」
「目的?」
「俺を魔王にする目的ですよ。わざわざこんな異世界で俺みたいなしがない日本人を魔王にして、あなたになんのメリットがあるのかってことです」
普通に考えたら、別に聡明でも頑強でもなくチート能力もないド素人の不摂生26歳一般男性の俺を魔王にすることのメリットなどどこにもありません。
ならば、この人物は何かしら別の意図があって俺なんかを魔王にしようとしていると推測できます。
もちろん、そういった質問が来ることは織り込み済みなようで、男は吊り上げた唇を下げることなくさらに話を続けてきます。
「ああ、メリットな。うん、まあ、そりゃあるさ。さっきも言ったが、簡単にいえばしばらくの間、あんたには安全にこの世界に滞在していてもらいたいわけだ、俺としては。そうなると、魔王が一番都合がよくてな」
「安全? 魔王が?」
とはいえ、理屈としてはわからないわけでもないです。
冒険者として旅などすれば嫌というほど命の危機に晒されるでしょうし、異世界まで来て平凡な街の暮らしに押し込められれば、好奇心と刺激を求めて余計なことをやりかねません。
騎士とかそういった宮仕えは論外です。最悪ストレスで死にます。
拘束期間がどれくらいになるのかはわかりませんが、魔王として世界そのものから隔離しておけば、勇者でも現れない限りは安全ということなのでしょう。
魔王を倒そうという酔狂な勇者でも現れない限りは。
「安全安全、実に安全だとも。少なくともこの世界の人間は人間同士の争いで忙しいし、そこからあぶれた奴らも魔王を倒すなんて気概はまず持っていないし、そもそも魔王といってもこちらから人間さんサイドにちょっかいを掛けなければ誰も相手をしないだろうからな。もちろん、あんたの快適な魔王ライフと保険のために、こちらからもいくらか手助けはさせてもらうさ」
彼はとにかく俺を魔王にしたくて仕方がないみたいで、黙って聞いていればどんどん勝手に話を進めていきます。
正直なところ、この男に従って魔王をすることには少なからず不安と不満はあるのですが、この要求を突っぱねられるかというと、それはそれでかなり難しそうなのも事実です。
まず大前提として、このまま放り出されてなんの助けもなしにこの異世界で生きていけるのかという話ですね。
やってやれないことはないかもしれませんが、『快適な異世界旅行』というにはちょっとリスクは大きいでしょう。言葉だって通じるかどうかわかりません。
本来ならガイドとかそういう人物がいるはずなんですが、いかんせん初っ端からあの大事故でしたし。
まあそもそも、彼の意見に逆らうことは可能かどうかという話ではあるのですが。
「いいですよ、やりますよ、魔王」
なので、とりあえずそこについては折れておくしかありません。
興味が無いわけでもないですしね、魔王。
とまあ、これが俺が魔王になった経緯です。
事態が動き出せばあとはトントン拍子で、このいかにも『魔王様のお城!』といった悪趣味ながらも快適な居城と無機質な護衛用の魔族風の兵隊たち(中身は魔導人形、いわゆるゴーレムの一種らしいです)が用意され、一ヶ月は食うに困らないほどの食料の備蓄と共にぼんやりと魔王業を行っているわけです。
魔王の仕事とはなにか?
世間の魔王様方がなにをやっているのかは不勉強ですが、俺に関して言えば、人間界の争いごとに便乗して兵を送り込み、混乱を増幅させたり集束させたりとかそんな感じです。
特に目的意識もないので、魔王がいるぞ手出しするなよくらいのアピールをしておくわけですね。
抑止力がないと魔王であるとか関係なしに攻め込まれてしまいますからね。
なにしろ終始戦争に明け暮れているような世界です。
隙を見せたらそのままドカン、というわけです。
そんなわけで結局、いわゆる魔の付かない王様と一緒でやることは地味な仕事に終始します。
内政のことも外交のこともほとんど考えなくていい分、あの方々よりも相当気楽ではありますけれど。
まあ王様なんて、よっぽど鈍感じゃないと務まりませんよ。考えすぎては身も心も持たないでしょう。正直、俺ももう音を上げそうです。
誰か交代しません? 魔王。
しかし、そんな風にして続いていた俺の魔王ライフは、意外な来訪者によって急転直下することになったのです。
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