5-2 異世界の俺工場
ハローハロー。
俺の目の前には、今まさに、他ならぬ俺自身がいます。
どちらかわかりますかよね? 眼がイキイキしている方が俺、本物の俺です。
対するもう一人の俺は、色を喪ったかのようなくすんだ灰色のタイツに表情のない顔でこちらを見ています。
一方で表情豊かなのはその隣に立つ緑色のタイツの男です。
俺を見てまず驚愕の表情を浮かべ、それがすぐに恐怖で青ざめていき、そして今度は怒りと興奮で赤く染まっていきます。
「貴様、何があった!? なぜ一人で活動している!? いや、まて、そもそも貴様何者だ!?」
あっ先に質問された。
仕方ありません。かくなる上は禁断の技、質問返しをつかうことにしましょうか。
「なるほど……、その質問に答える前にこちらからも質問を一ついいですか? これはまず確認なんですが、あなたは日本を知っていますか?」
突拍子のない質問に思いますか?
いやいやこれは重要ですよ。
相手が俺をどこまで認識しているか。
これによってなにを答えるべきか変わってきますからね。
あのヴァイルのお仲間ならば、もしくは俺の模造品の記憶まで調べているのなら、日本を知っている可能性もあるわけですし。
ここは絶対に確認しておかねばならないところです。
「……ニッポン? なにをわけのわからないことを……」
え、あれ、知らないんですか?
うーん、よくない反応ですねこれ。
おそらくそんなに情報を持っているわけでもない下っ端か窓際な部署違いの人でしょう。あまり相手をしても仕方なさそうですね。
「あー、わからないならいいです。でもそれでは何者かの説明もできませんよ。むしろ聞きたいことが山のようにあるのはこちらの方ですからね」
そう言いながら、既にどうやり過ごすかで頭をフル回転させています。
正直、こんな小物相手に時間を食うのも勿体無いのですが、ただ1点、俺の心をざわつかせ続けているものがあります。
そう、こいつの隣で無表情で立ち尽くしている俺の顔をした何者かです。
俺を無表情に見つめる同じ顔をした存在を穏やかに無視できるほど、俺の精神は強くも鈍感でもありません。
「いずれにしても怪しいことには変わりない。ちょっと来てもらおうか。おい、そいつを捕まえろ!」
しかし先に動いたのはあちらさんでした。
緑タイツがそう命じると、俺の顔をした無表情が無表情のままこちらに向かってきます。
これ、相当おぞましいですよ。
想像してみてもくださいよ、毎日鏡で見ている顔が自分の知らないような無を表情にしてこちらに向かってくるんですよ。
しかし驚いてばかりもいられないので、なにかしら手を打つ必要があります。
『なあ、テメエさ、目の前で自分と同じ顔をしたやつがおっ死ぬところ見て耐えられそうか?』
一方で、声なき声でリータがそんな物騒な提案をしてきます。
こちらとしてはむしろ一秒も見ていたくないので提案そのものには乗り気なのですが、人殺しにゴーサインを出してしまうのは流石に躊躇してしまいますね。
「いやいや、流石に殺しは不味いですよ。何か他の手はありませんか?」
『あ? 軟弱なこと言いやがって……。ま、それでもテメエがそういうなら仕方ない、それなら他の手段を使うとするか……『
威圧的な二重発声と共に、俺の腕に巻かれた金属から赤い光弾が飛び出しました。
それがもう一人の俺の顔面に直撃すると、途端に奴の足が止まります。
そしてくるりと踵を返し、ゆっくりと今度は緑タイツへと向かっていきます。
「き、貴様、なにをした」
「さあ、なんでしょうね」
そうとぼけてみせたものの、実際のところ、俺にもリータがなんらかの手を使った以上のことはよくわかりません。
しかしそれで充分です。
あっという間に緑タイツはさっきまで部下というか操り人形だった『俺』と取っ組み合いになり、そのまま抑え込まれます。文官らしく実に貧弱ですね。
まあ特別な人事課でもない限り、世間のサラリーマンもこんなものでしょうが。
世の中はそんなに暴力に慣れていないのです。俺も含めて。
『それでどうするんだ? このまま放っておいてヴァイルの部屋に行くか?』
「その前に、彼にひとつだけ質問させてください」
しゃがみこみ、その眼を見据えながら、俺は緑タイツに言葉をかけます。
俺がこいつに聞きたいことはたった一つ。
「あなたがたは、この俺の偽物をどこで手に入れたんです?」
その言葉で緑タイツの顔が引き攣るのがわかります。どうにも隠し事の下手な方なようで。
「し、知らん! 私はただ配給されてきたものを使っているだけだ! 頼む、見逃してくれ! 助けてくれ……!」
俺と同じ顔の人間に抑え込まれたまま、無様なほどに恐怖で顔を歪めて緑タイツがそう懇願してきます。
ただ、俺としては非常に苛立たしい言葉があったのでこいつをどうにかしてやりたいとも思うのですが、あいにく時間はそこまでありません。
「まあ、こちらの目的もあなたではないですしね、そこでおとなしくしていてくれれば特にどうもしませんよ。ただ……」
ゆっくりと立ち上がり、俺はその怯えた顔を見下します。
そして静かに足を上げ、そのまま踏み降ろします。
「ひいっ!」
しかし、踏みつけはしません。
眼の前に勢いよく靴が降ろされただけです。
それでも、この男のその表情を見られただけである程度は満足です。
「踏みつけられたくなかったら、この先せいぜいその俺に気をつけることですね」
『あとこの施設の情報の方はいただいておくぜ『
俺の脅しに便乗して、リータが二重発声とともに小さな針を飛ばして男の手に触れます。
しかし男は俺本体の方に気を取られ、その事に気が付かないままただただ震えていました。
こう見ると哀れにも思えてきますが、まあ、これくらいのショックは受けておいてもらわないと。
そして俺達はそこで得た情報をもとに、再び施設内部の探索を再開します。
しかしヴァイルの部屋には、俺にとってあまりにも衝撃的なこの世界のシステムが待ち受けていたのです。
「これは……見たくなかった光景ですね。本当に……」
その光景に、俺は吐き捨てるようにしてなんとかそんな言葉を絞り出します。
ヴァイルの部屋の内部、彼の事務机からちょうど見える位置がガラス張りになっているのですが、その向こうに広がっていたものは、俺がもっとも見たくないものでした。
それは、ある種の工場です。
迷宮世界の奥で見た、モンスター生産ベルトゴンベアが近いでしょうか。
白い肉塊が流れてきて、それが型に嵌められ、様々な機械によって加工され、そうして出来上がるのが俺の姿をしたなにかなのです。
つまりこここそが、様々な世界に現れる俺を生産している『工場』だったのです。
「まさか、ここまでやってくるとはな……、いったいどうやってここにたどり着いた?」
呆然とその光景を見つめていた俺に後ろから声がかけられます。
もちろん、その声の主を俺は知っています。
振り返り姿を確認すれば、そこにいたのは当然、この部屋の主である青いタイツのいけ好かない男。
「お久しぶりです、騎士団長さん。邪法師がお礼にまいりましたよ。こうやって、あなたの世界にね」
刺すような鋭い言葉と視線をヴァイルに向けながら、俺はゆっくりと息を吐き、そしてを小さく笑みを作ります。
そして横には実体化したリータ。
その表情は既にやる気満々で、俺以上に凶暴な笑顔です。
ここは一つの、この旅の終着点ですからね。せいぜい派手に行きましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます