回転性蒸気世界
5-1 俺の異世界スパイ大作戦
ハローハロー。
俺は今、地面から壁からむき出しで回り続ける巨大な歯車と縦横無尽に大小のパイプがひしめく世界で、コソコソと他人の目を避けながら陰から陰へと移動を続けています。
ひとことでいえば不審者そのものです。
実際不審者です。
これまで既にいくつもの異世界を回ってきましたが、おそらくここが最も文明の発達した世界でしょう。
まあ世界というにはあまりにも狭いみたいで、サラの話によれば、この世界は元々人工的に作られた次元で、世界全体でも一つの街程度の広さしかないみたいです。
拠点にしている『
とはいえ高度に発達した社会にありがちなのですが、たまにすれ違うタイツとマスクに身を包んだゆく人々はこちらの動向を特に気にする様子もありません。
面倒事に巻き込まれ時間を浪費することを嫌う不干渉社会ですね。
それより注意すべきはその社会に溶け込む監視の目です。
世界のいたるところに情報記録体であろう装飾過多な円柱があり、また要所要所で威圧的な赤のタイツにいかにも凶悪な形状の武器を腰にぶら下げた警備兵らしき人物が目を光らせています、
とまあ、それだけでこの世界の息苦しさがわかってもらえると思います。
しかもどこからともなく漏れている絶え間ない蒸気のせいで本当に空気自体も汚く、比喩ではなく実際にも息苦しさがあります。
文明レベルは確かに高いといいましたが、文化レベルとしては『
少なくとも人々の活気には雲泥の差があります。
よりにもよってそんな世界でアナログなスパイもどきな行動をしているのです。
我ながらなんとも滑稽ですね。
目指すのはこの世界の中級工作員であるヴァイルという男の部屋。
事前にサラから情報も貰い、また、侵入経路で必要になるいくつかの認証用のアイテムも預かっております。
「今のところ、不気味なまでに順調ですね……」
物陰まで移動して一息つきながら、俺はリータにそう声をかけます。
もちろん、ここまで順調なのは俺がスパイとして優秀だからではありません。
ひとえにサラが事前に用意してくれた内部情報と、なによりリータの偽装の魔法の効果があってこそのものでしょう。
『ま、ここの奴らだってシステムを完全に監視しているわけじゃないだろうからな。こんな場所じゃまだ見つけられねーだろうよ』
しかしそのリータはと言うと、声はすれどその姿はどこにもありません。
俺が身に着けているこの世界の特徴である金色の装飾こそが、今のリータなのです。そして当然のように、俺の姿も遺憾ながら例の青い全身タイツです。
『で、問題はここからだぞ』
俺とおそらくリータの視線の先には、この世界の中でもひときわ巨大でいびつな形の建物がそびえ立っています。
この無機質で威圧的な塔こそが、この世界から他の世界へと工作員を送り込んでいる組織の拠点なのだそうで。件のヴァイルの作業室もこの中らしいです。
しかし流石に重要施設らしく、正面玄関にはいかにもな例の赤タイツの威圧的な警備員が立ち来客に目を光らせています。
なるほど確かに、アレをくぐり抜けるのは至難の業でしょう。
しかしそれはバカ正直にあの目を掻い潜ろうとする時の話です。
「なに、アレくらいならいくらでも手はありますよ」
そう言いながら俺が気にしていたのは、建物そのものではなく、周囲の人の流れでした。
通勤時間などではないらしくそんなに人がいるわけでもないですが、それでも、何人かは建物へと出入りする様子が伺えます。
そしてその中で、数名で雑談をしながらの訪問客が来たのを見計らい、少し離れた位置からさっとその背後へと張り付きます。
『なにをする気だよ』
「勝手に入るのが難しいなら、誰かに入れてもらえばいいだけのことです」
そしてそのまま何食わぬ顔でその集団と一緒に建物の中へ。
透明になるわけではなく限りなく存在感を消すというリータの偽装魔法では、流石に一人で建物へと入るとバレてしまいます。
ならば来訪者のグループへと混ざり込み、その中の一人として入ってしまえばいいのです。
これまでも、取材でどうにかしてどこかへ潜入したいという時に何度か使ったテクニックです。もちろんあとで監視カメラなどを参照されるとバレバレなのですが、とりあえず周囲に違和感を持たせず中に入りたいときにはこの手が一番です。
なるべく自分と纏っている空気が近いグループが理想ですが、そうでないなら自分が浮きそうなグループのほうが上手くいきますね。
ましてやリータの偽装もあればほぼ完璧でしょう。
ロビーと思しき場所でさりげなくその客人から離れ、再び影から影へと移動しながら目的地を目指します。
これまでの経験からいえば、正面のセキュリティが高い施設ほど、内部の通路に関しては気を使っていないことが多いものです。
これくらいの規模の組織になると内部の人間はそれぞれで非干渉で距離を取りがちですし、内部の警備もまさかあのセキュリティを超えて不審者が入ってくるとは考えません。
まあ、この施設は端末等での情報の要求などなく、そこまで強度なセキュリティではなかったのでそのあたりは不明瞭ですが、それでも外より中の方が厳しい可能性は低いでしょう。メリハリのない厳しすぎるセキュリティは硬直化を生むものです。
目的の場所は既にわかっているので、後はなんとかしてそこにたどり着けばいいだけです。慎重に、しかし大胆にドンドン進んでいきます。
しかし俺は、ヴァイルの部屋に辿り着く前にある恐ろしいものを目撃してしまい、完全に足が止まってしまいました。
そう、最初からこの自体は想像してしかるべきでした。
そもそも、目的の一つがそれだったはずなのです。
「嘘だろ、まったく……」
廊下の向こう側から歩いてきたのは、緑色のタイツに身を包んだ、いかにも研究者といった感じの男性。そして、その横に無表情で付き従う、グレーのタイツを来た他でもない俺自身だったのです。
そう、俺はこのとき初めて俺の複製品を目撃してしまったのです。
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