連合都市世界(4)

0-4 異世界でも小物と交渉は上手くすべし

 ハローハロー。

 俺は性懲りもなく、首を引きちぎられんがばかりの痛みを抱えて例の『連合都市世界ギルドシティ』でリータの部屋のベッドに倒れております。


「何度でも言ってやるが、テメエ本当に本当にアホだよな」


 定位置であるベッドの上を俺に取られ、椅子も来客に取られ、結局開いた窓枠に腰掛けているリータが、そんな嫌味を投げてきます。

 まったく、返す言葉もありません。痛いですしね。

 そして今回リータが座るはずだった椅子には、件の青タイツを着たサラも居ます。

 無事に脱出できたようで、なによりです。


「それで結局、あの世界はどういう構造だったんだよ」


 説明しようにも、首が痛すぎて喋ることも出来ません。が、そこはサラが察して説明をしてくれるようです。


「簡単に言うと、あそこの世界を作ったのは膨大なマナを蓄えたこの魔力人形だったってわけ。世界をプロデュースしたのがアタシで、舞台を作っていたのがこれ」


 説明してくれるのはいいですが、そうホイホイ人を指ささないでください。


「で、あの中にいた阿柄コウという人物は、あそこにあった死体の方に魂だけ入ったものだったってわけ。入れられるように加工している最中だったのがよかったかもね」


 しれっと恐ろしいことを言ってますね、この青タイツ女。やっぱりこいつらロクでなしなんでしょう。


「まああの世界の仕組みとテメエの言い分はよくわかった。問題はそれでなんであそこから出られたのかってことと、こいつの首がなぜ痛んでるのかってことだ」


 出られた理由はなんとなくわかります。

 俺の推理どおり、もう一人の俺が死んで魂を元に戻すことによってセーフティが解除され世界が終わったということでしょう。

 なのに何故こちらの身体でも俺の首は痛むのか。

 これがわからない。


「そりゃ、魂があの時の痛みまで記憶して戻ってきたからよ。調べてみなよ、その人形自体には損傷はないはずだからさ」


 魂の記憶に刻まれた痛みって……それ、本格的に不味いやつじゃないですか?

 昔、なんかのファンタジー作品の魔法系拷問で見たことありますよ、それ。


「なおらないんですか……これ」


 声を絞り出してそのことを尋ねます。

 これを一生引きずって生きていくなら、もう死んだほうがいいのでは?


「まあ、手がないわけではないよ。なにしろアタシは人形師だからね。まさにそういうのの専門家だよ。でも1つ条件があるね」

「あ? というかテメエ、なんでここにいるんだよ。さっさと自分の世界に帰れよ」


 一応あの迷宮からの脱出の際に一緒に連れてきたんですが、なんだかんだとこの部屋に残っているわけです。


「まあまあ、落ち着きなってイフリートちゃん」

「イフリーだ、。トだと男になるだろうがよ!」

「あらあらまあまあそれは失礼。まあそんな些末なことは置いておいて、アタシもあの世界に閉じ込めちゃった責任とこうして助けてもらった恩があるからね。なにかお役に立てればいいなと思ってここに残っているわけ。アタシにもそれくらいの人間の心はあるのよね」


 そう言ってサラは笑いますが、その笑顔がいかにも作り物めいていてこっちも苦笑いです。こいつ絶対ろくでもないことしか考えていないでしょう。


「で、本当のところは」

「このまま戻ってもあの施設が爆発した責任取らされるだろうし、そのせいで次は絶対左遷まったなしだし、元々そろそろ潮時かなとも思っていたし、この機会にバックレようかなーって。あのヴァイルも退けるくらいだから、アンタらといれば安心じゃない?」


 案の定でした。

 そして思っていた以上に小物ですね、この人。そのへん意外と親近感がありますよ。


「あ? 人を勝手にボディガード扱いしてんじゃねーよ。さっさと帰ってどっかに左遷されてこき使われてろ!」

「うわあ、ヒドイ言われよう。でも、ここでさっきのが利いてくるわけよ」


 サラが口元を歪め、怪しげな目つきで俺の方を見ます。 

 絶対よからぬことを考えているやつです。


「アタシの技術があれば、その人形の身体の痛みも取り払えるし、魔力効率だってもっと良くできるってわけよ。どう、悪い話じゃないでしょう」


 なんとも反応に困る話ですが、現状はなによりそれ以上にこの痛みに耐えるのが難しいのが問題です。

 それを察したのか、リータも呆れたように肩をすくめてみせました。


「フン、本当にテメエが信用できるかどうかはわかんねーけども、今は一刻も早くこいつをベッドから追い出さないといけないからな。まあ、話だけは聞いてやるよ。話だけだけどな」

「そうこなくっちゃ!」


 その言葉を聞いた途端に弾けるようなこの笑顔です。

 軽い、軽すぎる。


「ならまず応急措置的にちゃっちゃと処置だけしちゃいますかね。証拠も見せる必要があるしね」


 そう言いながらサラはベッドに上がってきて、俺の体の上に馬乗りになります。


「じゃあ、覚悟はいいかしら?」


 処置ってまさか、そっち系のなんかいかがわしいような行為なのでしょうか。

 いやいや心の準備が。あと首が滅茶苦茶痛いので集中も出来ないですし。

 などと思っていたら、そのまま両手が首元に伸ばされ、握りつぶすように締め付けられます。

 苦しい……息ができない……。

 元々あった激痛と指が食い込む痛み、呼吸を阻害されたことによる苦しみ、さらにはサラの掌が熱を持ちはじめ、首の皮膚が灼けるように熱いです。

 殺す気でしょうか。ここで死ぬのでしょうか。

 抵抗しようにも上にのしかかられた挙げ句、完全に首まで抑え込まれて力も入らないのでされるがままです。

 しかし徐々にその熱が全てを覆い尽くし、首を絞められる苦しみも、首が引きちぎられそうな痛みも焼け焦げていくかのようです。

 しかしそれも次第に収まっていき、サラがゆっくりと手を離すと、首にはただ熱っぽさが残るだけになっていました。


「とりあえず、これで施術は成功かねえ。今はひとまず痛む部分を焼いておいただけだけど」


 俺の上に跨ったまま、サラが自分の手に息を吹きかけています。


「じゃあ今度はこっちの条件かな。とりあえず一回アタシの世界に行ってさ、荷物だけ取ってきたいのよ。その時私の力で戻るとバレちゃうから、そっちの力でパッと飛んでもらえたらなと。帰りは自分の力でどこか行くからさ」

「なんだよそりゃ、タクシー代わりかよ!」


 リータの言い分ももっともで、なんとも身勝手な意見ではありますが、俺は少し考えて一つあることに気が付きました。


「いいですよ。でもその前に、こちらからも一つお願いがあります」

「あ? 正気かよ。こいつのアッシーやるってのか?」

「ええ。この話、こちらにもメリットがあります。それで、こっちの話をしてもいいですか? なに簡単なことです。それにもしかしたらサラさん、あなたにも利益になることかも知れませんよ」


 俺の言葉にサラは怪訝な表情を返しますが、気にする素振りも見せずその条件を彼女に告げます。


「ヴァイルがその世界のどこにいるのか。その拠点でもいいので教えてもらいたいんですよ。本人がいなくてもいいので」


 その名前を聞いて、リータもサラも合点がいったようでした。


「なるほど、あいつの弱点を見つけ出そうって魂胆か。冴えてるじゃねーか!」

「いいじゃない。むしろアタシもそっちに参加してやりたいくらいだわ。よし、アタシに分かる限りの情報を用意しようじゃないか」


 まあヴァイル本人はそこまで恨みもないのですが、なんにせよ俺の複製品の情報が欲しいですからね。


「それと、あともう一つ」

「なにさ?」

「重いんで、そろそろどいてもらえますか」

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