4-3 偽りの学園にも夢や青春は転がっていたりいなかったり

 ハローハロー。

 俺は今、偽りの学園世界の屋上で二人の美少女と向き合っています。

 その美少女2人が俺を取り合っているのだから、これをモテ期と言わずしてなんというのでしょう。

 でも俺は彼女たちの思いを蹴ったのです。

 もう、何から何まで偽りじゃないですか、この高校生活は。

 思えば、俺の学校は屋上も立入禁止でした。ここはやはり俺の過去の真似をした誰か別の過去なのです。

 では、その誰かとは誰なのか。


「安心していいですよ、サラさん。俺は別に好きな人なんていません。まあ、つまり、あなたのことも好きではないのですが」


 立ち尽くすサラにそう言葉をかけながら、俺は少しだけ寂しい笑みを漏らします。

 サラも、少しだけ寂しそうに笑いました。


「まあ、もうそうなるよねえ。結局、この学園の魔法は解けちゃったのね」

「そういうことですね」


 とりあえずの種明かしを推測していきますと、おそらくここは、あの爆発に対して何らかのセーフティが働いて作られた魔法空間なのでしょう。

 迷宮が見せていたテクスチャーをもっと強力にしたようなものです。

 そうしてその中で我々は意識にさえも介入されて、学園ごっこをしていたと。

 これは多分、サラが仕組んだことだとは思います。仕組んだというか、元々存在していた再現シミュレーター的なものでもあったのでしょう。


「でも、セーフティまではわかるんですが、何故それが俺の記憶を元にしたものだったんですか?」


 普通に考えれば、学園や世界そのものはサラの記憶を元にした学園の再現で済ませてしまえばいい部分です。

 俺の世界になってしまったから、俺が早くに違和感に気付けたというのはあると思います。


「それは、アタシにもちょっとわかんないな。まあこっちとしては新鮮味があってよかったけれどさ」


 身近にいた俺のなんらかを読み取ってこういった形になったのでしょうか。

 

「このままもう1回学園生活を、しかもまったく知らない世界でできると思ったんだけど、世の中は甘くないものねえ……」


 大きくため息を付いて、サラは頭を抱えます。


「学園生活、したかったんですか?」

「まあ、アタシは現役の時は勉強勉強でほとんど学生らしいことも出来なかったからね。おかげであんな楽な部署を勝ち取れて自由にやってたんだけど、あそこも爆発しちゃったからねえ……はぁ」


 つまりここは、人生最後の逃避場所だったということでしょうか。

 青春時代にまったく戻りたいと思わない俺ではありますが、サラがこの時間をフリでもいいからもう一度やり直そうと選んだのはなんとなくわかります。

 走馬灯代わりに後悔を塗り替えたかったのでしょう。


「いやおいテメエら、勝手に巻き込んで勝手に盛り上がって勝手にいい話風に締めようとしていちゃついているんじゃねーぞ。つーか、さっさとここから出しやがれよ。いつまでこの格好をさせておくつもりだよ」


 そんな青春とはまったく無縁そうなリータが不満タラタラでこちらを睨んでいます。制服がどうにも気に入らないらしく、上着を脱ぎ捨てうっとおしそうに袖をまくりあげています。


「いちゃついてなんかいませんー。まあ、イフリートみたいな瞬間湯沸器に人間の心の機微は難しすぎるかもしれないけど」

「んだと!」


 サラがつっかかりリータがキレる。

 謎が解けてもやってること変わらないじゃないですか。


「はいストップ。それよりリータの言う通り、ここの世界から出てしまいましょうよ。もう要件は済んだでしょう」


 しかし俺がそう尋ねても、サラは気まずそうに目をそらすだけです。


「おいまさか」

「ここってアタシが作ったわけでもないし、なにかしらの世界でもないからさ、どう出ればいいのかわからないんだよね……」


 それを聞き、俺も思わず天を仰ぎます。

 果てしなく続く偽りの青い空。

 考えてもみれば、リータが出せと不満を訴える時点でおかしなことだったのです。

 これからこの世界で、偽りの第二の人生を生きるしかないのでしょうか。


「いや、この世界を破壊する手段は、ありますよ……」


 俺はふと気付き、そんな言葉を口にしました。

 世界を破壊する。

 つまり逆から紐解いていけば、いったいなにがを作っているのかということ。

 この世界の願望はサラのものでした。

 では、枠組みは?

 そして、もうひとりのはどこにいるのか?

 それが答えです。


「……もし失敗したら、二人で仲良く生きてくださいね」

 そう言い残して笑い、俺は勢いよくフェンスを乗り越えてそのまま空に向かって飛び出します。


「まさか……!」

「いや待て、早まるなバカ!」


 2人の声が後ろから聞こえますが、それももう俺には追いつきません。

 足元の地面が喪失する感覚。

 身体が重力に引かれ、一気に下へと向けて加速を始めます。

 4階程度の高さで死ねるかどうか。

 恐怖は無いわけではないですが、ある種の諦めと、それ以上に自分の推理への確信がありました。

 ああ、でもこの身体、痛みは残るんでしたね。

 それを思った時にようやく後悔のようなものが湧き出てきました。

 また、あの灼けるような痛みを抱えて寝るのは嫌だなあ。

 そんなことを考えながらももう今の状況を止めることなどできず、俺はそのまま加速して地面に叩きつけられました。


「あんたのその無謀さ、嫌いじゃないけどちょっと困るな。まあ答えそのものは合っているんで、帰れるように魂は向こうにつないでおいたから」


 そんな声となにかが折れて潰れる音が、俺の最後の記憶です。

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