2-3 意識高い系異世界騎士VS26歳無気力男性

 ハローハロー。

 そんなわけでついに決闘目前。俺は殺風景な部屋の中、時間が来るのを待っているところです。

 しかし当然、やってきたのは時間の方ではありませんでした。


『どうやらお出ましみたいだぜ?』


 リータの言葉を待つまでもなく、俺も何者かが扉の前に来たのを感じ取ります。

 薄い扉の向こうから漏れる囁き。

 扉が開くと、そこには騎士団長であるところのいけ好かないヴァイルが立っていました。

 しかしその姿は一変し、きらびやかな騎士姿でなく、青い全身タイツに金色の管が巻き付く奇妙な服装になっていました。

 それらの装飾品にどのような意味があるのかは俺にはわかりません。

 ただいえることは、それら全ては、騎士だ魔法だといったこの世界の文明のはるか外側にあるということです。


「ふむ、決闘の時間ですか?」


 その格好についてあえて触れずに、俺は本来の目的であることを尋ねます。

 もちろんこんな姿での歓迎ですから、決闘の方の要件ではないのでしょうが。


「アガラ殿よ、茶番はもう終わりにしようではないか」

「茶番というと?」

「フン、あくまでとぼけるつもりか。なら君の目的はなんだ。なぜわざわざ異界人形の姿をしてこの世界に現れた?」

「はあ?」


 今おかしなことを言われましたね。

 姿ですって。

 いや、姿もなにも俺は俺ですよ。


「あなたのいう異界人形がなにかはわかりませんが、俺が用があるのは邪法師にですよ。俺はその邪法師ではないし、むしろ彼を探している立場ですからね」

「探している……? そうか、君はということか! ならば話は早い。どうだ、私と手を組もうではないか? 私と君の力があれば、この程度の世界ならどうとでもなるだろうし、ここ足がかりに他の世界へも攻め入ることもできるだろう。どうだ、悪い話ではあるまい」


 親しみのこもった邪悪な笑みを浮かべ、ヴァイルがそう提案してきます。

 しかしまあ、なんとも浅い野心なことで。


「お断りします。理由はいろいろありますが、最大の理由は、あなたと協力する気はないってことですね」


 他にも世界の支配に興味など無いということや、そもそもこの身体を維持できないなどいくつも理由はありますが、やっぱりなによりこいつですよ。

 仕事の相手はちゃんと選ぶ。これ鉄則です。

 第一印象も非常によろしくありませんでしたし、将来へのビジョンもなんともスケールが小さい。あと隠しきれていない横柄さも問題でしょう。

 つまりどう転んでも俺にとっていいことはありません。

 あとついでにいうなら、その上昇思考も俺にはつきあいきれないところですね。


『よーしよく言った、エライぞ。あとはあのいけ好かないツラに一撃叩き込んでやるだけだな』


 嬉しそうなリータの声が脳裏に響きます。

 一撃を叩き込むといっても、そこに関しては果たして上手くいくかどうか。


「人が下手に出れば調子に乗ってくれたものだ。まあいい、なら当初の予定通り、君にはここで消えてもらって、で事後処理をするとしよう」


 ヴァイルがそう宣告した瞬間、彼の全身に巻き付いた金色の管に青白い光が走りました。

 そしてその光は網目となって部屋中に広がり、そのまま網目を伝って俺の身体にも巻き付いてきます。


「うぐっ……」


 光に触れた箇所から痛みが全身に広がり、耐えきれず崩れるように膝を付いてしまいます。

 眼の前にはヴァイルの金色のブーツ。

 それがゆらりと動き、つま先が俺に向かってきます。

 その眼の前の光景と、その先にある結果にただただ恐怖し、全てがスローモーションに映ります。

 もはや目を伏せ、その瞬間が来ないことを祈ることしか出来ません。

 ……祈りは、届きました。


「おっと、そこまでにしてもらおうか?」


 その声に目を開くと、人間態に戻ったリータが青白い小型の障壁でヴァイルの蹴りを抑え込んでいる光景がありました。


「こんな奴でも一応は『客』なんでな。余計な手出しされると困るんだよ。こっちの責任問題にもなりかねんからな」

「ほう、その言い振り、君も渡人ウォーカーか。この一週間で随分と色々の世界の『人間』と出会えたものだ。できればこの出会いをさらに有意義なものにしていきたいのだが、どうだ、私と組まないか?」

「お断りだこの自己満ナルシスト。アンタのちっぽけでつまんねー価値観で人を縛ろうとしてんじゃねーよ! 一人でやってろ、バーカ!」


 どうやら俺以上に腹に据えかねていたらしく、言葉で殴りかからんが勢いでヴァイルのいけ好かない面に向かって罵倒をぶつけます。

 ヴァイルは表情こそ変えませんが、明らかに苛立ちがにじみ出ています。

 一触即発。

 どちらが先に動くのかといった状況ですが、苛立ちとは裏腹に、ヴァイルの態度にはどこか余裕のようなものも見えます。


「強がるのは構わないが、君とてこの力線レイラインに気が付いていないわけでもあるまい。

「けっ、小賢しい真似しやがって。だがな、こっちも奥の手ってやつがあるんだよ。おい、『出番だぜハイジャック』」

「えっ」


 二重発声によるリータの呼びかけに、俺の意志を置き去りにして俺の身体が反応します。

 決闘に際し、あまりにもその手の経験に欠ける俺のためにリータにを切り替える魔法を仕組んでいたのですが、まさかここで発動させられるとは。


「よし、やっちまえ!」


 俺のすべての命令を受け付けなくなり、俺の身体が俺の意志を通り越してヴァイルへと殴りかかります。

 ヴァイルの方もこの事態を予想もしていなかったのか、先程までの余裕が一転、驚愕の表情を見せたまま右頬に一撃を受け、あっという間に抑え込まれました。

 金の装飾が飛び散り、ご自慢の力線が消え失せたのが俺にもわかります。

 

「お、おのれ、貴様ら……」

「あーそういうのはいいから、とりあえず邪法師について教えてくれ。そいつは誰なんだ?」


 文字通りマウントを取り、俺はいちばん重要なを進めます。


「まさか、本当に何も知らないのか? これは傑作だな。ならば忠告しておいてやる。貴様はこれからも自分の影を追いかけることになるだろうな。この世界騎士の世界から邪法師は消えても、もうあらゆる世界に入り込んでいるのだ……」


 自暴自棄を起こしたかのようにそう宣言した後、ヴァイルはニヤリと口元を歪め、小さく何かをつぶやきました。


お別れだゲーティング

「あっ待ちやがれ!」


 その瞬間、俺の下にあった質量は橙色の光となって消え失せ、狭い部屋に俺とリータだけが残されることになったのです。


「……で、どうすんだ? 肝心なやつには逃げられるし、邪法師だなんだいってもテメエの本体の情報は手に入らないし、とっとと戻って体勢を立て直すか」

「そうするしかないでしょうね……。でもその前に、ひとつしておきたいことが……」

「あ? なんだよ、観光か?」


 そういえばそれもほとんどしていませんね。でも、それではないのです。




「馬鹿な……この俺が……」


 そんな俺の腹にはあの女騎士の剣が刺さっています。

 滅茶苦茶痛いです。


『あーあ、言わんこっちゃない』


 リータがそんな俺の脳に苦笑を投げます。


「しかし忘れるな、俺はお前の影だ。お前の心が闇に呑まれれば、いつでも蘇る……」


『気は済んだか? じゃあ行くぞ』

「ええ。どうぞ」


 苦悶の表情を作りながら、俺の身体は橙色の光の中へと消えていきます。

 俺がこの世界で最後に見たのは、女騎士の、この世のすべてを知ってしまったかのような神妙な顔でした。

 ああいう顔が見られるなら、この痛みも安いものです。痛いけど。

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