連合都市世界(3)
0-2 異世界でだっていい格好はしたいしプライドもある
ハローハロー。
そんなわけで俺は腹部に灼けるような痛みを抱えながら、『
「テメエってさ、本当にアホだよな。いやまあ、正直ここまでのレベルとはとは思わなかったけどよ……」
定位置であるベッドの上を俺に取られて椅子の上であぐらをかいているリータが、そんな嫌味を投げてきます。
まったく、返す言葉もありません。痛いですしね。
確かに、あのままあの世界を去っていてもこちらにはなんの問題もなかったでしょう。どういう風に考えてもそれが正解だと思います。
でも、自分と同じ顔をしている邪法師があの世界でひっそりと消失し、噂だけがどこまでも膨張していくのは嫌だったんですよ。
だからそこには終止符を打っておきたかったわけです。
まあ、この痛みはそんな気まぐれの代償としてはちょっと重すぎではないかと思いますが……。
「なんか薬とか、治癒魔法とか無いんですか……」
虚ろな意識のままそう尋ねます。とにかく痛みとそれに伴う全身の熱でなにをするのもおぼつきません。
「人間用なら無いこともないんだが、あいにく、今のテメエの身体向けのものは知らねーな。まあ、人間の身体のままだったら今頃おっ死んでるだろうけどな」
リータがそう笑うたびに俺の腹に響きます。
しかしそれを止めようにも言葉をぶつける気力もないのが現状です。
「魔力充填は……」
思い出し言葉が漏れます。
あれなら完全に意識もなくなりますし、この痛みから逃げるのには最適じゃないですか。
しかし、現実は非情なようで。
「残念、それも無理なんだな。アレ、肉体の『破損』がヒドイとそこから魔力漏れを起こすんだぜ? まずは修復してからだ。ま、後遺症で痛みを抱えたままでもいいっていうのなら、やれないこともないだろうが。どうするよ?」
「パスで……」
そう答えるしかないじゃないですか。この痛みを抱えて生きていくなんてどんな拷問ですか。
そんなわかりきった質問をしてくるあたり、リータは明らかにこちらの反応を楽しんでいます。
「ま、心配すんな。修復とそれに伴うやつは今がピークだ。なーに、あと1時間もすれば全部消えて元通りってわけさ」
気楽に笑っているあたり事実なのでしょう。
あと1時間。
おそらく命を落としてもおかしくない致命傷の治癒時間としてはとてつもなく短いのでしょうが、今の地獄のような痛みがあと1時間続くという事実は、いっそ殺してくれといいたくなるほどです。
「で、まあ、テメエが痛みに苦しんでいるうちに聞きたいんだがよ」
話の振りは無茶苦茶でしたが、リータがその口調を真剣なものにしてこちらを見てきます。一瞬だけ痛みを堪え、俺の真剣な目でリータを見返します。
「今後の方針、どうするよ? つまり、これまで通りテメエの死んだ世界を探すか、それともテメエの死体についてなにか知ってそうなあのヤベー奴を追いかけるか、どっちがいいか、だ」
あのヤベー奴とはもちろん、ヴァイルとか名乗ったいけ好かない全身タイツ野郎のことでしょう。
確かに、今後も先の世界の邪法師のような俺のコピー体みたいなものを相手にしていくことになるのは気が滅入ります。
しかし、この身体に制限時間があるのもまた事実。
のんびりと事を構えるわけにもいきません。
「あー、別に今答えなくてもいいぜ。その痛みの中で考えてくれりゃあいいから。多少気は紛れるだろうし、今回みたいな無茶をしようって気も起こさないだろうしな。タイツ野郎については、こっちでももう少し情報を集めといてやるよ。ま、おとなしくしてるんだな」
そう言いながらリータは立ち上がり、ひらひらと手を振って窓から飛び出していきました。
普通に空を飛べる種族の多い
そうしてリータの部屋に一人残されることになった俺は、痛みを紛らわせようとあらためて部屋へと視線を向けます。
ただの拠点としているだけだからなのか、それとも元々そういう性質なのか、部屋は極端に物が少なくガランとしています。
先程までリータが座っていた背もたれ付きの椅子と、それと対になるオフィスデスクのような木造の飾り気のない机。
机の上には何に使うのかわからない雑多な小物があり、そのどれもが、俺でもわかるくらいには魔力が籠もっているようでした。
逆にほとんど見当たらないのが衣類の類です。
リータ自身は概ね奇抜な格好ですし、奇妙な装飾品もいくつも身につけているのですが、この部屋にはそういったものを収納する小物入れもタンスもクローゼットも見当たりません。
やはり、生活の拠点は別にあるのでしょう。
そうして再び椅子へと目を向けると、そこにはいつの間にか一人の男が座っていました。
「え?」
「ども、お邪魔してますよ。アガラ・コウの魂の方の人」
気さくな口調で、男はそう日本語で話しかけてきます。
これまで腕輪によって翻訳されていた言葉にも違和感がなかったので気付くことはなかったのですが、彼の言葉が腕輪の翻訳を通さない純然たる日本語であることはすぐにわかりました。
それになによりその姿です。
一応黒い外套のようなものを羽織っていますが、その下には郊外型衣類量販店で売っていそうな紺色のジャージ。しかも上下セットで2000円を切るようないかにも安っぽいやつです。多分俺の部屋にもあります。
まさか異世界まで来てそんなものを見ることになるとは想像もしていませんでした。
「誰です、あなたは……」
痛みを押し殺し、俺はなんとかその侵入者にそう尋ねることができました。
この状況では何一つ抵抗のようなものも出来ませんが、それはおそらく痛みがなくても同じだったでしょう。
「俺はイフネ・ミチヤ。自称は、しがない魔法使い。まあ世間に流布している呼ばれ方だと『異世界レスキュー人』といったところか。簡単にいえば、あんたを助けに来た存在といったところだな。ああそうそう、日本人だ」
イフネと名乗った男はニッコリと笑いながらそんな自己紹介を語ります。
しかしどれだけ記憶をたどってみても、イフネミチヤという知人は出てきませんし、実際、目の前の人物に見覚えもありません。
もちろんそれは、相手も十分承知だったようです。
「まあ、今日のところははじめましての自己紹介の顔見せってところだな。やっとあのガイドの嬢ちゃんもいなくなったしな。で、そんな俺から今のあんたに伝えるべきことはたった1つだ」
イフネはその笑顔をさらに意味深なものにして、その伝えるべきことを口にしました。
「これはお願いなんだが、あんたはまず、自分の死んだ場所を探してくれ。そうしないとあの邪法師みたいなのがどんどん湧いてくることになるぜ。むしろ今のあんたもその一つでしかない。他にそういう目的を持ったあんたが現れたら、あんたのほうがニセモノになっちまうぞ」
ゾッとする言葉。
身震いがして、全身に痛みが走ります。
さらになにかを尋ねようとしますが、ショックと痛みで口も回らず、俺はただ、彼が消えていくのを見ていることしか出来ませんでした。
「じゃ、またそのうちどこかで会うだろう。その時はよろしくな」
そんな言葉だけを残し、イフネ・ミチヤはまるで最初からいなかったかのように、橙色の光を残して部屋から消失したのでした。
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