2-2 26歳男性、異世界で就職活動す(冷やかし)
ハローハロー。
そんなわけで俺はこうして、魔導騎士団に睨まれる邪法師でありながらいけしゃあしゃあと騎士団への入隊を希望し推参した男として、騎士団員との決闘に挑むことになっているのです。
つまり俺が揺さぶりとして選んだのは、俺自身がその邪法師になるという方法でした。
もし本当に俺と同じ姿をした邪法師がいるのなら、
その動きを誘発するために、本物である俺があえて騎士団への入団を希望してみるわけです。
蛇を出すならまず藪を突く。
情報が少なすぎる現状を打破するには、多少無理をする必要がありますからね。
本当に蛇がいるのかどうか、蛇使いに向かってアピールするわけですね。
もし邪法師が本当に俺の死体だというのなら、それを利用している存在がいるわけです。そいつが
そしてこの世界でそんなことができるであろう存在に、俺は一人当てがありました。つまり全ては、彼に向けてのアピールなのです。
『でもまあ、テメエの騎士姿も思ったより様になってるじゃねーか。もっと爆笑ものかと思ったんだがな』
そんな騎士姿に俺を変化させた張本人であるリータがそうからかいます。
しかし、そのリータの姿はどこにもありません。腰に帯びた装飾過多な金色の剣と鞘こそが、今のリータなのです。
邪法師なのに騎士と従者というのも少々不自然でありますし、それになにより相手はリータと同類の輩です。出来得る限りその存在を隠した方がいいというのが俺とリータの共通の認識でした。あの時に顔を見られた恐れもありますし。
しかし、それでリータと離れてしまっては俺は無力そのものですからね。ろくに決闘にもならないでしょう。
なので、こういう手を使ったわけです。
「しかし、この黒い鎧姿では邪法師というよりはどちらかというと暗黒騎士ですよね」
全身を覆う黒い甲冑は普通なら動くのも一苦労といった感じなはずですが、そこはこの特殊な身体のおかげで、まるで全裸でいるかのような身軽さです。
ええ、実際に全裸のようなものなんですよね。
魔力人形の構造を組み替えることによって、肉体そのものを甲冑へと変化させたのが今の俺の状況なわけです。
いやー、もう本当に人間じゃないんですね、俺。
「ところでこれ、殴られても痛くないんですよね? 鎧ですし」
『あ? 痛いに決まってるだろ。それでも生身だぞ生身』
「あー、そうですか……」
多分痛覚をカットするとかそういう事もできるんでしょうが、あえてそれ以上はなにも言いませんでした。
痛みまで消してしまうと、完全に人間じゃなくなりそうですし。
痛みは生きている証拠とはよくいったものです。
さて、突然の完全武装した邪法師の出現に、街は当然大騒ぎです。
しかしそれでもそこまで大きな混乱はなく、人々は遠巻きに城へと向かう俺を見ているだけです。触らぬ神に何とやら、といったところでしょうか。
そうやってざわめく人々の先、城門で俺を待っていたのは、前回と同じくロインと呼ばれていた女騎士でした。
「……邪法師! またもやのこのこと!」
その後の流れもまったくあの時と同じで、抜き放たれた切っ先と鋭い眼光が俺へと向けられますが、ここで怯むわけにもいきません。
幸い人を殴ったり殴られたりの経験はほとんど無い俺ですが、殴られそうになった経験なら山ほどありますので。
「その邪法師が、わざわざこうして騎士団に入隊しようとやってきたのですよ。悪い話ではないと思いますが?」
件の邪法師が具体的に何をしでかしたのかは知らないのですが、先程の際の周囲の反応から見て、そこまでとんでもないことをしたわけではないのではないか? というのが俺の推測です。
どうも関わり合いになりたくないといった類の反応が多く、憎悪や恐怖自体はそこまで大きくないのかな、と。
おそらく、邪法師にここまでいきり立っているのはこの女騎士くらいなのではないかということも考えられます。
「ふざけているのですか!? 信用できるものか、貴様が騎士など……」
「なんだ、また騒いでいるのか……ん? お前は……」
そして、本命であるあのいけ好かない野郎も城の奥から現れてくれました。
今度はしっかりと彼と向き合います。
あの鋭利な瞳にこの顔を見せつけるのです。
その甲斐もあり、そのいけ好かないツラに一瞬戸惑いの表情が見えたのを見逃しませんでした。
邪法師が騎士団へと入隊に来たから? まあ、それもないとはいえないでしょう。
しかし彼は確実に、俺という存在を見たことでその心に動揺をきたしたのです。
そこにちらついたやましさは、俺が邪法師であることからくるものではなく、彼の個人的な隠し事に由来するのものでしょう。
「どうです、騎士団長様。この邪法師を騎士団に加える気はありませんか?」
挑発的な笑みを作り、俺はさらに追求するように彼の目を見据えます。
彼もまたじっと俺を見ていましたが、やがて、諦めたかのように小さく不敵に笑いました。
「なるほどよかろう、そこまで言うなら邪法師どのに入隊試験の場を用意しようではないか」
「ヴァイル隊長!? ほ、本気ですか?」
「ああ、ロイン君、君が彼の相手をしてくれたまえ。それでかまわないかね、邪法師どの……そういえば、まだ名前を聞いていないな。名はなんというのだ?」
「……アガラ・コウ。それが俺の名前ですよ。もしかしてご存知ですか?」
隠し立てすることもなく、俺は自分の本名を告げます。
しかし俺の言葉を聞いても、騎士団長のヴァイルは不思議そうな顔をするだけで特に目立った反応はしてくれません。ふむ、どうやら名前までは知らないようで。
「いや、聞き覚えはないな。ではアガラ殿よ。今から控室へと案内しよう。よもや、この期に及んで怖気づくこともあるまいな」
「かまわないですよ」
こうもトントン拍子に話が進むことに少しだけ不安が無いわけではないですが、いまさらどうなるわけでもありません。こちらは相手が勝手に動いてくれるのを待つだけです。
『いいのか、そんな軽率に受けちまって』
俺のその行動に対し、耳元というか、脳に直接リータがそう語りかけてきます。確かに、現状は駆け引きも何もないまま突き進んでいます。
「ええ、どうせこっちが準備するべきことなんてこれ以上はありませんからね。あとは野となれ山となれ、です」
ただそう答え、俺はヴァイルの後に続いて控室へと向かいます。
連れて行かれたのは城塞内の死角にあるような狭い通路の先、まるで世界から隔離されたかのような小さな部屋でした。
板張りの4畳程度の場所に、ポツンと木の椅子が置いてあるだけの何もない部屋。
しかし、リータの見識は異なっていました。
『へえ
まあ、俺にはその結界を感じることなどまったく出来ないのですが。
「では、規定の時間までここで待機していてくれたまえ」
それだけを事務的に告げて、ヴァイルも部屋から去っていきます。
そして扉が閉まると、俺でもわかるくらいに部屋の気配が変わります。
ここは完全に、俺を監禁しておくための部屋というわけですね。
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか……」
殺風景な個室の中、俺はこの部屋唯一のオブジェクトである椅子に腰掛け、今後のことを考えます。
初めての決闘か。
しかしもちろん、状況は決闘まで待ってくれるはずもありませんでした。
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