魔導騎士の世界

2-1 なぜ26歳不摂生男性の俺が異世界で騎士になろうと考えたのか

 ハローハロー。

 今俺は、なんか黒い甲冑姿となり、魔導騎士団への入隊を賭けて決闘の準備なんぞをやっています。

 人を殴ったこともない26歳不健康不摂生男性がなぜいけしゃあしゃあとそんな決闘などすることになったのか?

 もちろん、俺はこの国家に仕えるつもりはありませんし、騎士として生きる予定もありません。まっとうな現代日本でも会社勤めをするまっとうな社会人になどなれなかったというのに。

 当然、本来の目的は自分の『死体』を見つけ出すことです。

 しかしどうしてこんなことになったのか、まずは順を追って説明していきましょう。



 すべては、前回と同じような草原に降り立ったところから始まります。

 俺とリータはまず太陽が2つあることを確認し、その後、空を飛んで行く竜の一団を追いかけてこの城塞都市へとたどり着いたわけです。

 しかし問題はそこからでした。


「よくものこのこと顔を出せましたね、この邪法師! 飛んで火に入る夏の虫とはこのことです!」


 竜の入っていった城へたどり着いた俺に浴びせられた最初の言葉がこれでした。

 城門前の広場で待ち構えていたいかにも気の強そうな少女が、俺を見るなり剣を抜き、それを突きつけて叫んだのです。

 鋭い片手剣に清潔感のある純白の胸当て、そしてその装いに最も相応しいと思えるような凛々しい顔。全てがまさに女騎士の具現化であるかのような少女です。しかもファンタジー寄りの。

 しいていえば騎士というには若すぎる気もしますが、まあ、見た目で判断は出来ません。本当に地球人と同じ人間かどうかもわかりませんしね。

 もちろん、そんな初対面の女騎士から邪法師よばわりされるような心当たりなどこちらにはありません。

 つい昨日は勇者と呼ばれていたのに世界が変わるだけで急転直下ですね。

 女騎士は鋭い目つきでこちらを睨みつけると細々となにかを詠唱し、それによってを切っ先に虹色に輝く魔力を充填させていきます。


「あーあ、邪法師だってよ。テメエ、いったいなにやらかしたんだ? あ? まずは弁明してみな? あとアンタも『少し落ち着きなネゲート』」


 他人事のように俺をからかいながらも、リータは先手を打ち、例の二重発声の風で女騎士の魔法をかき消しました。

 一陣の風が剣の先に満ちていた魔力を吹き払ってしまうさまは、二人の格の違いを端的に表しているかのようでした。

 その一瞬の出来事に、女騎士も、集まり始めた野次馬の輪も言葉を失います。


「え?」

「あ? なに驚いてるんだよ、いたってシンプルな対抗呪文カウンターマジックだろ? むしろこっちは今の間にアンタを殺してしまうことだってできたんだぜ?」


 その言葉に嘘偽りはないでしょう。

 魔法を使う動作ひとつをとっても、あれだけの詠唱と集中を必要としたこの女騎士と俺に雑談を向けながら風を舞わせたリータとでは、力量に圧倒的な差があるのが見て取れます。

 まあ、かくいう俺はその壇上にも上がれない存在なのでありますが。そんな俺が邪法師よばわりされているのですから意味がわかりません。

 それより今の問題は、この女騎士が大いなる魔人イフリートであるリータとの格の差がどれほどかをいまいち認識できていないっぽいことです。


「いや、これ以上事を荒立てないでくださいよ……」


 さすがに目の前でいきり立っている女騎士に声をかけるわけにもいかないので、俺はひとまずリータの方にそう耳打ちします。

 リータが不機嫌な顔でこちらを見た、その時でした。


「これはいったいなんの騒ぎだ? ロインくん、説明したまえ」

「あっ、ヴァイル隊長!」


 野次馬を掻き分けて、というよりかは人の壁が勝手に割れて現れた一人の男性が女騎士にそう尋ねます。

 手足の長いスタイルの身体を包むいかにも仕立ての良い装飾のマントと胸当てに、整っていながらも神経質そうな鋭い印象を残す顔。

 ええ、見ただけでわかります。こいつは有能な騎士であり、そしてそれ以上にです。

 同じようなことを悟ったのか、今度はリータのほうが俺に耳打ちをしてきました。


「あの野郎は……ヤバイ……」


 しかしその声はいつになく深刻で、思わずリータの顔を凝視してしまいました。

 驚きと恐怖をミキサーにかけてごちゃまぜにしたような、ひどく混乱した表情。

 もう一度、こちらからなにかを問いかけようとした、その時でした。

 

ここは一旦引くぞエヴァキュレーション


 二重発声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはまるで身体が溶けるかのような錯覚とともに視界が白く塗りつぶされました。

 不意に頬に風を感じ目を開けると、そこは草原のど真ん中。おそらく、この世界で最初に来た草原でしょう。


「……逃げてきた、ということですよね? これは」

「……ああ、それで合ってるぜ……」


 一息ついた後そう尋ねると、リータは顔をこわばらせたままそう答えました。

 なにか言ってやろうかとも思ったのですが、その表情とあの時の驚きぶりを見てしまってはとてもそんな気分にはなれません。

 それになにより、あのリータがここまで取り乱すような相手のことが気になるところです。


「知っているんですか、さっきの男性を」

「まあ、直接知っているわけってわけじゃないけどな。が、幾度か見かけたことがあるしそれでわかると思うが、あの野郎は、


 その言葉が意味することは俺にもすぐ理解出来ました。

 つまりあのヴァイルと呼ばれていた男にも、リータと同じように様々な異世界を移動するような能力があるということでしょう。


「ああいう輩と正面からやりあうには現状では準備不足も甚だしいだからな。こうして体勢を立て直す必要があったんだよ」

「やりあうって……やりあうつもりなんですか?」

「いや、そりゃそうなるだろう。なにしろ邪法師なんだぞ、テメエは。見逃してもらえると思うか?」


 そういえばあのロインという女騎士がそう因縁をつけてきたことがすべての始まりでした。


「話し合えばなんとかなりませんかね?」

「あ? どんだけ見積もり甘いんだよテメエ。あの娘は明らかに説得に応じそうもなかっただろうが。それに男の方はこっちとご同輩である以上、やりあうのをまず避けられんな。なにしろ状況が悪すぎる」

「なるほど……でも、俺が邪法師とは一体どういうことでしょうね」


 そもそもの問題点はそこです。

 なにゆえ初対面の女性にいきなり邪法師呼ばわりさせないといけないのでしょうか。そういう不審者扱いは心が痛いので止めてもらいたいものです。


「考えられるのはテメエが二重人格の夢遊病だったか、もしくは……」

「同じ顔をした奴がいる、と……」


 俺の知らない人間が、俺の顔を知っていた。

 つまり、前の世界の屍術師ネクロマンサーと真逆の状況というわけです。


「で、テメエはなにか感じないのか。ほら、直感的なアレをさ」

「うーん、それが全然ピンとこないんですよね。その判断方法、本当に正しいんですか?」

「そう言われても、魂と肉体は共鳴し合うってのはある程度実証された事実だからな……。まあなんにしても、テメエの顔を持った輩がうろついているのは事実だ。なのでテメエには、あの騎士団に殴り込んでそれを調べてもらう」

「は?」


 突然の無茶振りに、思わず言葉を失ってしまいました。

 俺が、騎士団に?

 なにを言っているんですか、こいつは。

 しかし現状、それ以上の手が浮かばないのも事実でありまして……。

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