1-2 ブラック勇者の爆走タイムアタック英雄譚

 ハローハロー。

 そんなわけでこの世界を救う勇者となった俺は、今まさにロアレイク王国とかいう国の王様に謁見を終え、城下町をうろつきながら今後について話し合っているところです。

 で、その謁見がどうだったかといいますと、まあ、あの手のエラそうで実際偉いお偉いさんの話は大体同じですね、といったところです。

 上っ面だけな、叱咤激励と見せかけた押しつけと自分語りの時間ですね。

 異世界でもこれまでのその手のクライアントのおっさんとほとんど同じで、むしろ笑いを堪えるのが大変でした。

 ああいう輩には適当な相づちだけで充分です。変なこと言って首を切られても嫌ですしね。この世界だとそれが、にもなりえますし。

 という具合に謁見は乗り切ったのですが、その結果の状況としては、ひとことでいえば『大変拙い』といったところでしょうか。

 具体的に問題はふたつ。

 ひとつは当然、俺自身の勇者としての資質です。

 元の世界であるところの現代日本においてしがない木っ端ライターだった俺には、怪物と渡り合うような能力などあるはずもありません。そういうアウトローな分野とはご縁がなかったのです。

 なので異世界でなにかするにしても、適当に演説をぶっこくとか、この世界にない知識を使ってチート無双するならまだ多少はチャンスもあったことでしょう。

 しかし俺に求められたのは、悪の屍術師ネクロマンサーの討伐です。

 自慢じゃありませんが、俺はこれまでの人生で人を殴ったことはありません。殴られたことも多くないです。

 そんな俺が、戦闘を?

 どんな無茶振りですか。

 とはいえ、この件に関しては裏技があるのでそこまで心配はしておりません。

 しかし、もうひとつの問題はさらに深刻です。

 俺は先程、だといいました。覚えていますね。

 屍の術の師で屍術師。

 ええ、そうです、です。です。

 どうも聞くところによると、最近になってこの世界のものでない死体を手に入れて、それで見過ごせない存在になったらしいんですよね、その屍術師。

 いや、それ、俺のじゃないですか?

 タイミングとか、流れ的に見ると。


「おい、テメエの死体も誰かの役に立ってるってさ。よかったな」

「いや、これ、絶対ダメなやつですよね?」


 相変わらず無責任に笑い続けているリータに、俺は思わず頭を抱えてしまいます。

 しかし、やるべきことはいたってシンプルです。


「まあそれはさておき、早速その屍術師とやらのところへ行きますか」

「ええっ、いきなりですか!?」


 俺の言葉にそんな反応をしてくれたのは我々を連れてきた巫女のナズク。

 この世界に不慣れな我々の世話と案内、そしておそらく監視も兼ねて、旅に同行してくれるというのです。

 露骨なまでに俺の言葉に反応してもらってもらい、一周回って申し訳ないですね。


「いきなりって……なにか手順でもあるのです?」

「流石に勇者様といえど、もう少し準備を整えたほうがよろしいかと。えっと、もっと初歩的な怪物などを倒したりとか、山賊を追い払ったりとか……」


 歯切れの悪い言葉に俺は大まかな事情を察してしまいました。

 勇者とは、ようするにこの世界のそういった怪物退治的な雑用を押し付けるための称号でもあるのでしょう。

 言葉は悪いですが、世界のことを知らない人間を騙して酷使するアレです。

 どこにでもあるものですね、こういった話は。

 まさに実録ブラック勇者といったところでしょうか。

 しかし残念ながら俺にはそんな異世界勇者ライフをエンジョイしている猶予はありません。


「あいにく、俺には時間がないんですよ。なので、申し訳ないですが最短ルートでいかせてもらいます」

「おいおい勇者様、やけに強気だがなんか手はあるのか? なんならを聞いてやってもいいぜ?」

「いえ、ここはで頑張ってもらいます」

「は?」

「俺の願いは『快適な異世界旅行』だったはずですよ。それに持って行かれたのが本当の身体ならば、それこそそちらの責任の範疇でしょう。ならば、あなたが勇者の代わりに事態を解決するのが筋というものではありませんか?」


 俺が力強く宣言すると、リータは諦めたように頭を掻き、何処かから巨大な一枚の絨毯を取り出して広げてみせます。


「わかったよ、クソッ。でもいいのか? もっと勇者らしいことをしなくて。異世界観光はどうした」

「まあもう王様にも会ったし、城と街も見たし、この世界ですることはほとんどないですね。ボスを倒してさっさと終わらせましょう」

「テメエのそういう割り切り、ほんとスゲえよな……。まあいいや、じゃあさっさと行くか」


 その言葉とともに絨毯が浮き上がり、リータがそこに飛び乗ります。俺も後に続き、戸惑っているナズクも引っ張り込みます。


「それじゃあ出発です。ナズクさん、道案内よろしくお願いしますよ」


 適当にそんなことを押し付けて、絨毯はさらに浮かび、そのまま目的地に向かって滑るように飛び出しました。




 瘴気に満ちた森の中を、恐るべき速度で空飛ぶ絨毯が滑走していきます。


「どけどけっ! 勇者様のお通りだぞ! 死にたくないやつは道を開けろ!!」

「連中、元々もう死んでるっぽいですけどね」


 ハンドルを握ると性格が変わるという話はよく聞きますが、このランプの精もそのたぐいのようで、先端を魔力的なもので鋭く固めた絨毯が木々やゾンビやスケルトンを跳ね飛ばしながら物凄い勢いで進んでいきます。

 俺はこういった運転をする奴が身近にいたのでまだなんとかなりましたが、このような高速で移動する乗り物にすら慣れていないようなナズクは、顔を真っ青にしながらしがみついているしかできないようで、見るからに不憫です。

 もちろん、爆走に夢中なリータにはそんな様子など目にも入っていないことでしょう。


「おっ、見えたぞあそこだな。よっしゃ! このまま突っ込むぞ! 振り落とされんなよー!」


 リータがそう叫ぶと絨毯はさらに加速し、目の前に迫る砦の廃墟へと勢いよくぶつかっていきます。もちろん衝突の衝撃で扉は破壊され、絨毯は俺たちを乗せたままの勢いで室内をかっ飛んでいきます。


「な、なんだ、貴様らは! どうやってここまで来たのだ!」


 砦の内部はそんなに広くなく、屍術師の元へはあっという間に到達しました。

 もちろん絨毯に乗ったまま突入してきた俺達の様子に、屍術師はローブの下に驚きと恐怖の表情を浮かべています。敵ながらかわいそうに。

 一方のもう一人である現地人のナズクはすっかり白目を剥いて倒れています。こちらはより直接的な被害者なのでもうただただ同情しかありません。


「詳しい説明は省くが、こいつは勇者で、テメエが拾った死体を取り返しに来たのさ。さあさあ、痛い目にあう前にさっさと出しな!」


 そして畳み掛けるような早口で言葉をぶつけるランプの精。

 勇者は俺かもしれませんが、主戦力は彼女であることは間違いありません。なので俺は後ろで待機です。


「死体……? ああ、あの噂がもう届いたのか。クックック、いいだろう、貴様らに見せてやろう、我が最高傑作をな!」


 なんとも悪のボスらしい高笑いとともに、ゆっくりと彼の後ろの壁が開いていきます。

 さて、俺と『俺』とのご対面ですか……。

 しかし、その少しずつ広がっていく暗がりの中に俺が見たものは、まったくもって意外なものだったのです……。

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