ドラゴンのいる世界

1-1 異世界に行ったら誰でも勇者をできると思うなよ

 ハローハロー。

 そんなわけで俺は今、広がる草原のど真ん中に立っています。

 空には大小の太陽が二つ。いつか見た光景ですね。

 ただあの時と違うのは、隣に諸悪の根源であるランプの精イフリータの美少女、リータがいることです。今度はちゃんと同行しております。


「で、テメエは死体も探さずいったいなにしてるんだ? そんなメモばっかり取ってよ。なんだ? 観光客か? あ?」


 俺の背後で小鳥のさえずりのごとき美声での罵声が飛んできます。

 声の主はもちろんそのリータ。

 どうやら俺があちらこちら見て回ってはメモ書きしていることが気に食わないようで。


「せっかくの異世界ですからね。色々記録しておかないと。まあ観光気分は否定しませんけど。そもそも、それが俺の願いだったわけですし……」


 そう、お気楽な異世界旅行がしたかったんですよ、俺は。

 異世界転移も転生もいざするとなると面倒ごとが多すぎるというのが実情でしょう。特に転生なんて永住待ったなしじゃないですか

 だから俺は魔法のランプに願いを聞かれた時にまず、そういった面倒ごとと無縁な異世界旅行を願ったのです。

 まあ、結果は御存知の通り転移即交通事故死だったわけですが。


「わかったわかった。それより問題は、テメエがポーンと来てドーンとくたばったのはこの世界で合ってんのかってことだ。どうなんだよ、そのへん?」

「何度でも言いますけれど、最初の世界にいたのは1分にも満たない時間ですからね。まあ太陽も二つあるし、ここで合ってるんじゃないですか?」


 雑な返しですが、なにしろ実際には太陽が二つあるという程度ではなんの根拠にもなりません。

 二つの太陽というのは確かにあの世界と共通したものですが、正直、太陽やら月が複数あるのは異世界においてしばし見られるパターンです。

 それを見ただけで一発でそこが異世界とわかることから、よく語られるというのもあるかもしれません。現実世界でも月が二つ浮かんでいたら異様でしょう。

 とはいえ、異世界に飛ばされる前の俺では、そこまで考えは至らなかったとは思います。

 しかし今の俺は、この世界の他に『連合都市世界ギルドシティ』というまったく異なった世界も目にしてきたわけです。(ちなみにあそこの太陽は一つでした)

 となると、他にも幾つもの異世界が存在することは明白で(実際リータもそれっぽいことを言っていましたし)、太陽の数についてもあらゆる可能性が考えられるというわけです。


「あ、いや、滞在時間のことはまあ置いておいてだな。こう、ビビッと来るだろ、本当のテメエの肉体がある世界ならよ」

「は?」

「いやいや、は? じゃねーよ。魂とかが共鳴とかしてわかるもんなんだよ、そういうのが。……ようするに、特になんにも感じてないんだな、この世界で」

「え、ええまあ……」

 

 思わず言葉を失って反論の機会を逸してしまいました。

 なにそんな重要なことの説明をすっとばしてるんですか、このイフリート娘は。


「じゃあさっさと次行くか。肉体がないならここにいても意味ねーしな」


 その時でした。

 街道の向こうに砂煙が上がっているのが目に入ります。

 物凄い勢いで、なんらかの質量がこちらに向かってきています。

 それを見た時、俺はハッキリと、自分の中でなにかが疼くのを感じました。


「ちょっと待ってください……、アレを……」


 リータも俺の異変を察したのか、なにも言わずにその砂煙に目を向けます。

 近付いてくるとよくわかります。

 それは黒い、四頭立ての大型馬車です。

 まさに馬車そのもの。

 

「なるほどな……やっぱり、ここがテメエの死んだ世界ってことでいいのか?」

「だと思いますよ」


 これで証拠は二つ目ですから、わりと可能性は高まってきたのではないでしょうか。

 接近するにつれて馬車は速度を落とし、やがて俺たちの少し手前で停止しました。

 最初に跳ねられたときにはほとんど意識もできませんでしたが、この馬車、装飾過多というか見るからに奇妙な外観です。

 なにかしらの動物や植物を模した金色の彫刻に彩られたその姿は神殿を模した我々の世界の御神輿おみこし、もしくは霊柩車れいきゅうしゃの荷台側を彷彿とさせます。

 つまり、馬車そのものが一つの神殿であるかのようです。

 そしてその馬車からゆっくりと降りてきたのも、その印象に相応しい奇抜な存在でした。


「貴方がた、異界よりの来訪者とお見受けしましたが……」


 そんな抑揚の少ない声を発したのは、白いドレスの上から全身を装飾品で飾った美しい女性。

 ええ、ひと目見ただけで分かります。いわゆるシャーマニックな巫女的存在ですね神殿にはつきものですからね。

 しかし本当に重要なのはそこではありません。


「……俺たちのことをご存知なのですか?」


 異界という言葉がひっかかり、俺はこの人物が自分の轢殺に関与したかもしれないということを忘れてそう尋ねていました。


「はい、この草原にはそういった異界よりの勇者が現れる伝承がありますので……。私はナズク・ブルシア。ロアレイク王国で草原の巫女として、ずっとこの日が来ることを信じて調査と捜索を行ってきたのです。貴方がたこそが、我々に新たなる智慧をもたらす伝説の勇者様なのでしょう?」

「いやいやいや、ちょっと待って下さい。勇者様って……なんでそうなるんです?」


 いきなり話が大きくなりすぎていませんかね。

 まあ確かに異世界にやってきたらかなりの確率でそういう案件にブチ当たるのものではありますけれども。

 そういう厄介ごとを避けたくて異世界旅行を願ったはずだったんですが。


「おいおい、テメエが勇者様だってよ。こりゃ傑作だな、ハハハハハ!」


 横でリータがけたたましく他人事のように笑っています。

 その笑顔だけ見るとまさに勇者が護るべき純粋さそのもののようですが、笑われているのは俺なのでなんとも複雑な気分です。具体的にいうとかなりイラッとします。


「そもそも、こんな草原の真ん中に人間がいること自体が奇妙なことでなのです。この先にあるのは《竜の墓所》と呼ばれる廃墟だけですし、そこを探索するにももっとしっかりとした装備を整え、馬や馬車などで移動するのが普通です。しかし貴方がたは何事もなかったかのようにここにいた。これはまさに、勇者様の起こした奇跡といえるでしょう」

「あー……だいたいわかった。わかりました、わかりましたよ」


 つまり、彼女の国は過去の成功体験から異世界人に過剰な期待をかけているということですね。わかります。


「おう、任せとけって。この勇者様がどんな難問でもササッと解決してくれるだろうよ。な、勇者様!」


 リータは完全に悪乗りしており、ついさっきまでさっさと次に行くと言っていたことを完全に忘れて適当に盛り上がっています。

 そしてそれを聞き、巫女様の方も完全に乗り気になっていきます。

 わかりやすい負のスパイラルですね。


「そうですか! 実は、早速ですが勇者様のお力をお借りしたい事がありまして……、我々の国まで来ていただけないでしょうか?」


 しかしそう言われて手を握られると、自分が本当に勇者であると錯覚してしまいます。これが巫女の力なのでしょうか。


「いいでしょう。やりましょう」


 そしてなんの根拠もなく、そう返事をしてしまいます。

 横ではまだリータが笑っていますが、正直なことをいうと、俺が勇者として成立するかどうかはほぼこの美少女にかかっています。

 その辺の自覚があるはどうか不明ですが、まあ、やるしかないでしょう。

 かくして、俺は勇者となったのです。

 まあ、一応は。

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