十一、真実は小説よりも奇なり
☆
プリンを食している時の星月夜は瞳と言わず、顔全体が緩んで見えた。一個目を食べていた時は表情にも出ていなかったのだが、今はこの世で一番幸せそうな顔をしていた。
因みに夕食を終えたユウコさんとレイちゃんは満足したのか、どこへかと再びいなくなってしまっていた。自由気楽でいいもんである。
「二個も……二個も食べられるなんて私はなんて罪深い幸せものなのでしょう……」
「……たかがプリンだぞ。幸せそうで何よりだけど」
幸徳井家ではデザートは一個までとかいう決まりが厳守でもされているのだろうか。そんなことを思いつつ、さっさとプリンを食した日向は、未だ幸せそうな顔の星月夜の前でわざとらしく咳払いをした。
「さて――、星月夜さん」
「ふぁい?」
「色々話してくれるんですよね。キスを迫った件、昼間の怪物の件、そして――俺達が最後の希望であるとかいうファンタジーな宿命について」
かたんと、スプーンがテーブルの上に落ちる。「あ」と思う内に、みるみるうちに顔が青くなっていく。
「し、幸せの絶頂って時になんで今それを聞くんですか!!」
「逆切れかよ!? 元はと言えばお前が俺ん家で頓珍漢な事を言い出したのが始まりだろ! 初対面の人間にいきなりキスを求めるとか、お前どんだけ非常識か分かって――」
「すびばせん!!」
ズザザ――!! スライディングの掛かった土下座で滑り込んでくる。脊髄反射で日向は後ろに飛び退った。丸まる星月夜、半腰で身構える日向。さながら、肉食獣に必死に食い下がる草食獣の図である……。
――って、そうじゃないそうじゃない。
自分の感情を抑えるようにすっと息を整える。もやもやとした気持ちを吐き出した。さて、一体どこから聞くべきかと、今日一日の出来事を日向は頭の中で整理する。
星月夜の前に正座し、そっと彼女の顔を覗き込んだ。口元がわなわなと震えていた。傍に穴でもあったら自分から埋まりに行きそうだ。元々小柄で、髪型も前は日本人形のようなパッツンなので、土下座がとても様になっているな――とでも言ったら傷つくだろうから言わないが――とか思いつつ、日向は肩をそっと揺する。
「……蒸し返して悪かったよ。顔上げてくれって」
「すみません……そ、そうですよね、お邪魔してる分際で、その上トラブルを持ちこんできたのは私で……」
「あぁ、もう、いいから、そーゆーのは! とにかく顔あげる!」
「ふぁ、ふぁい!」
鼻の上を赤くし、涙目になっている星月夜にティッシュを渡す。星月夜は鼻をちーんと噛んだ。全く忙しないなと思いつつ、改めて日向は星月夜に訊ねる。
「……まず、聞かせてくれ。俺とお前はどういう関係だ」
――兄妹。
真っ先に思い浮かんだ関係だが、それでは二人が最後の希望である理由に繋がらない。菊里も合わせて三人で最後の希望となる筈だ。
だが、ここまで考えてある嫌な考えが脳裏をちらついた。
まるで、その嫌な予感が顔にでも書いてあるのが見えているかのように、星月夜の表情は無。まだ鼻の上が少し赤いが、その視線は真っ直ぐに日向に向けられていた。
水晶のような澄んだ瞳に射貫かれ、魂の奥深くまで見透かされるようなそんな錯覚さえ覚える。
「そう、ですね……やはり、そこからお話しないといけないでしょうか。その前に一ついいでしょうか?」
「なんだよ」
自分で思っている以上にぶっきらぼうに返してしまったが、星月夜はもはやその程度では動じはしなかった。
「私の話を全て聞いても、正春さんそれに菊里さんを恨まないでください」
「……それは何か。俺が家族を恨む程の話ってことだよな」
「どう受け止め、どう考えるか、それによるのでしょう。私は……あなたが今から話を聞いてどんな反応をするのか……それを恐れています」
回りくどい言い回しに日向は腕を組んだ。
――土御門家。すっかり落ちぶれた分家の末端であるとはいえ、日向の家族は日本の一大宗教を受け継いで来た人達だ。そして、それが単なる宗教という単純な枠に留まらない程に大きな責任を背負っているらしいという事。その責任を果たす為に、どんな事でもするとしたら。
その事実を日向は……。
「俺が家族を恨む? 無理だな。この家は薄気味悪いお化け屋敷、俺の親父は胡散臭い霊媒師だか陰陽師で、姉ちゃんはバイトを幾つも掛け持ちしてる健気で愛想のいい短大生で……それが昨日までの俺の家族の姿だったんだぜ? 確かに霊感が強いのは不便っていうか、嫌な事もある。だが、そんな事で恨むとか人としてどうかと思うぜ、俺は」
「…………」
星月夜は日向が喋り終わるまで一切口を挟まなかった。対して日向は自分でも気づかない内に雄弁になっていく。星月夜の瞳に影が差す。
「家族っていうのは、そういうもんだろ? そら、人間、色々な形の家族があるもんだけど、でも――」
「おめでたいですね」
一瞬、ほんの一瞬、心臓が止まりかけた。正体の分からないプレッシャー、得体の知れない不安が内側から風船のように膨らみ、破裂しそうだった。
「あ――な……」
目の前の星月夜が何かをしたわけではない。だが、日向は言葉を紡ぐ事が出来なかった。まるで金縛りにでもあったかのように、動けない。
「記憶――蘇りはしなくても、何か感じるのですね? あぁ、そうじゃない……蘇らないのではない。“今ある生活の記憶が邪魔をしている”のでしょうか。さぞかし、良い思い出だったと思います……本当に」
「……お……ぇは何を言っている、んだ……」
声を振り絞る日向の耳元で、星月夜は囁く。
「まず、一つ。土御門家は貴方の家族ではありません」
――やっぱりそうなのか……。
頭のどこかで考えていた可能性を断言される。勿論、そう言われたからといって、すぐに受け入れられるものでもないが。
「二つ目ですが……」
「……なんだよ、まだなんかあるのか」
そう言って日向は凄んでみせると星月夜は静かになった。だが、実際に怯えていたのは日向の方だ。その顔をぺたりと星月夜の両手が覆う。
「あなた、いえ私達……そう、私達二人は」
――人の子にあらず。
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