真逆な二人

十、一家団欒

「あ、えっと、お、お肉……もう入れますか?」


「…………」


「あ、あの、このじゃがいも皮むきましょう……か」


「…………」


 夏の陽も傾き始め、夕陽の差し込む土御門家はとても気まずい空気が流れていた。我ながら、本当に意地の悪いやつだと、日向は自分でも思う。


 姉の衝撃的(?)な告白の後からずっとこんな感じなのだ。


――数時間前。


「……姉ちゃん。それはどういう意味だ?」


――あなた達二人は世界最後の希望。


 映画か、ゲームで使い古されたような言葉を現実に、それも自分の姉から言われるなんて想像もしなかった。いつものノリで冗談を言うならばともかく、姉の顔は普段からは想像もできない程――、


「と、いうことで、後の説明、星月夜ちゃんよろしく!」


「はいっ!――って、ぇええ!?」


 反射的に元気よく返事してしまった星月夜は丸い瞳が飛び出さんばかりに驚いた。いや無理だろとばかりに指差しながら、日向は姉をじとっと睨み付けた。


「こいつに説明は無理」


「そ、そんなぁ!」


 心臓に矢が突き刺さったかのようにびくっと星月夜は身体を痙攣させ、縋るように菊里へ顔をむける。


「……二人とも面白いくらい息ぴったりね。今日会ったばかりとは思えないくらいに」


「茶化すな!」


「うんうん、これは、私が説明するまでもなく、二人で話せばすぐにでも理解して貰えるわね」


「…………そうか。じゃあ、そうさせて貰おう」


 猫と戯れるかのような姉の態度に、日向は半ばヤケクソ気味に覚悟を決めた。端から見れば剣呑なムードに見えたのだろう。星月夜は涙目になりながら姉弟のやり取りを見守っていた。


――とはいえ、二人のこのやり取り自体はいつも通りなのである。話題が深刻であること以外は。


 その後、倒れた冬馬も検査が終わり、どこにも異常が無いということで家に帰された。念のために――と、菊里が送っていく事となった。


 少しだけ話をした時に「大丈夫だ、問題ない(キリ)」と冗談まで言っていたが――、どことなく雰囲気が暗い印象があった。



「しばらく様子を見て、何も思い出さないようであれば、大丈夫」


と、菊里は言っていたが、やはり心配だ。


 そして、残された「世界最後の希望である二人」は、帰って夕飯の準備中である。元々昼に食べる筈だったカレーの材料を夕飯に持ち越したのだ。


 星月夜はしきりに、おずおずと話しかけてくるのだが、日向はほぼ無視していた。怒っているわけじゃない――と自分に言い聞かせているのだが、誰から見ても苛立っているように見える事だろう。


「その――、冬馬さんは、大丈夫でしょうか……」


 カレーの材料の話から……また唐突に話題が変わったが、流石にこれ以上は意地悪だろうなと、日向は溜息を吐きつつ、


「大丈夫だろ……あいつは強いからな」


「や、やっと喋ってくれました……!」


「……また黙ってやろうか」


 凄んで言うと、星月夜は再び、びくっと身体を震わせた。


「まぁ、嘘だけど――」


「よ、よかったです……そ、その、冬馬さんがあそこまで霊感が強いとは思いませんでした」


「……あいつは中坊だったころに、仲良かった奴が自殺してさ。その自殺したやつがとんでもない亡霊になってとり憑かれたんだ。それをどうにか解決したのがうちの親父だ」


 おちゃらけていて、ふざけた普段の言動からは想像もつかない。が、星月夜は「流石、土御門家の次期当主様です!」と目を輝かせた。


「そんな柄じゃねーよ。いつもは変な霊を家にほいほい連れてくるし」


「誰が変な霊だってー?」


 一瞬、星月夜が喋ったのかと思った。星月夜の身体にぴったりと重なるように、幽霊が立っている。


「お前だよ」 


「へ? わひゃあ!」


 今更気が付いたのか、星月夜は奇妙な声を上げてばたばたとその場から離れた。


「お前……悪霊のよくわからん変な術はすぐ見破れるのに、なんで幽霊の悪戯に気づかないんだよ」


「ゆ、油断してたんですー! 大体、敵意の無い霊の悪戯ですし!」


 呆れる日向に、星月夜は必死に両手を振って声を上げる。


 幽霊の少女、通称ユウコさん。その隣には幽霊の少年、レイちゃんもいる。


「と、というかなんなんですか! 家にこんなに沢山幽霊がいるなんて……!」


「お前の言っていた土御門家の次期当主様の行為の賜物ですよ」


 夜は幽霊が活動しやすい時間帯であり、土御門家が不気味に騒がしくなる時間帯でもある。外で散歩中の犬が吠えかかり、烏がぎゃーぎゃーと煩く鳴きながら飛び回る。


 家の中にはユウコさんをはじめといた霊がわらわらと活動し始めるのである。


「お、陰陽師の家がこんなに幽霊だらけなんて……」


「まぁ、すぐに慣れるよ」


 芸能人のスキャンダルを目にしたかのように、嘆いている星月夜の横で、これが日常だと、調理を続ける。なんだか楽しかった。


 霊感の強い人間は、ただでさえ幽霊を引き付けやすく、自然と避けられる事が多い。


 異様であり、特殊であり、そして不気味に見えるのだ。そうした視線に日向は敏感であり、神経質な性質たちだった。だが、星月夜の前ではそんなことを気にする必要はない。ある意味では気兼ねなく話せる相手と言える。


――変な因縁さえ無ければ、だけど。


 世界の最後の希望だとか、なんとか。普段なら冗談は止めろと笑い飛ばせただろう。たとえ、自分が土御門家の末裔であり、常人よりも遥かに強い霊感があるのだとしてもだ。


――あんなものが出てきた後じゃ……な。いや、それでも納得はまだしねぇけど。


 等と考え事していると、隣で星月夜が袖に手を入れるのが見えた。鋭い勘でもって日向は星月夜の腕を掴んだ。


「ひゃぃ!?」


「お前、今何しようとした」


「うぅ……ひ、ひとさまのおうちのじじょうにはくちだしはしませんが……」


「勝手に祓ったらげんこつな」


「ひーん!」


 なんだか今にも符をそこらじゅうにばら撒きそうな予感がしたのだが、どうやら的中だったらしい。というか、符は常時携帯しているんだろうか。


「いやぁ、仲睦まじいですなー」


 二人を見てユウコさんがなんだかほっこりとしている。下手をしたら刹那の差で祓われていただろうに。レイちゃんはあいかわらず無言でやり取りを見守っている。


「たくっ……」と、日向はてきぱきとカレーを皿に盛りつけていく。


「あ、あれ? 四人分……ですか?」


「あぁ。姉ちゃんの分は取っておくから問題ないよ」


「え、あ、そうではなく……」


 戸惑う星月夜に、「あぁ、そうか」と思ったが、口にも顔にも出さなかった。なんとなく、説明して納得してもらうという動作をしたくなかったのだ。頭に「?」を浮かべている星月夜を置いてきぼりにし、茶の間に食事を運んでいく。


 肉がやや多め(結局鶏肉と牛肉は半々になった)のカレーライスだ。


「うっひょー美味しそう!」


「はいはい、ユウコさんはしたないので、ちゃんと座ってくださいね――おい、お前も早く座れよ」


「お前」と言われてあたふたとする星月夜。少しむすっとした顔に見えたのは気のせいだろうか。


「はい、ではみなさーん!手を合せまして!!」


 カレーを前にしてやたら元気なユウコさんの掛け声に、生者も死者も手をあわせた。


「いただきます」

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