六、買い物だ!
☆
大波乱。午前中の状況を三文字で解説するとこんなところだろう。
御札塗れのスーツケースを持った少女が家に転がりこんできて、起きるなり家人を気絶させ、終いには「世界を救う為にキスをしないといけない」とかいう電波を発し……。
「えっぐ、えっぐ……うぅ……」
ブチ切れたら、泣かせてしまった。――彼是一時間程、ぐずぐずと泣いている。
「あの、その、悪かったって――」
泣き続ける方も泣き続ける方だが、日向は日向で、この状況を打開できるだけの語彙力や行動力が無かった。怒った時の勢いはどこへやら、今はただただ冷や汗をかいている。
冬馬は二人の状況をずっと黙ったまま観察していた。二人でなんとか出来る事を願って、あえて手を出さなかったのである。だが、彼ももう限界だった。
「よっし」
そろそろ潮時かと、冬馬が膝を叩いて立ち上がる。
途方に暮れていた日向と、泣き暮れていた星月夜の二人は頭を上げた。
「怒って泣いて二人とも疲れただろう。ということで――」
と、溜める。
溜めて、
溜めて、
「皆でカレーを作るぞ!!」
ばばんという効果音が聞こえた気がした。二人は無言。窓の外でちゅんちゅんと雀が二羽仲良く横切っていく。
一瞬の間の後、最初に口を開いたのは日向。
「また、唐突だな……」
「そうか? だってそろそろ昼だぞ? いつまでもこうしているより、動いた方がお互い、落ち着くだろ」
それもそうかと納得する日向と、よく分からずにおろおろとしている星月夜。
「つーわけで、まずは食材の買いだしだな! 三人で行くぞ!」
「おう!」
「え、え……?」
「“え”じゃない! 行くぞ!」
「は、はぃい!?」
また声を張り上げる日向に星月夜はびくぅっと縮こまった。
――こりゃ慣れるまで大変だな。
冬馬は溜息を吐いた。不思議な事に今日会ったばかりにしては、お互いに息がぴったりである。いい事なのか悪い事なのかは冬馬には分からなかったが。
それから、三人は商店街へと繰り出した。二人の男子の影に隠れるように、星月夜は縮こまって歩いた。おどおどとしている。
「えっと、なんでそんな俺らの後ろに隠れて……んの?」
「えっと、人が多いところはどうしても怖くて……です」
二人のまともな初会話だ。日向はおどおどとしている星月夜に、気まずそうに先程の事を謝った。
「さっきは悪かったな。いきなりでびっくりしたんだ」
「いえ、その、私の方こそ、ごめん、なさい」
謝られた日向は「ん」と、それ以上は聞かなかった。冷静にあの言葉と、この少女の事を繋ぎ合わせてみる。
――こいつは、幸徳井家、土御門の親戚にあたる家から来た。つまり、何か霊媒関係の……。
日向が思うに、霊媒師には二種類ある。
本物か、偽物である。
後者は詐欺師か、可哀想な人かのどちらかである。
可哀想な人の中には、過去に経験した霊的な事件がきっかけで、自分は物凄い力を持っているのだと勘違いする人が多い。
先程の発言を聞く限り、星月夜は後者であり、可哀想な人である。
――いや、でも本物の霊媒師も大概変な奴しかいねぇしな。
自分の父親しかり、知り合いの霊媒師という霊媒師は皆、どこかおかしい連中である。普通の人間に見えないものが見えて尚且つ、普通の人間に出来ない事が出来てしまうのだから、感覚がおかしくなるのも仕方ないだろう。
しかし、星月夜は……彼らと比べてもやっぱりおかしい。
――可愛い……んだがな。
ちらっと後ろを見ると、彼女は俯いて歩いていた。そうすると小さい背が更に小さく見えた。
口からでまかせとも思えなかった。あの焦りようといい、今のしゅんとした様子といい、彼女は真面目だったのだ。
――後でちゃんと聞こう。
そう思いつつ、歩く。さりげなく星月夜に歩調を合わせながら。
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