六、買い物だ!

 大波乱。午前中の状況を三文字で解説するとこんなところだろう。


 御札塗れのスーツケースを持った少女が家に転がりこんできて、起きるなり家人を気絶させ、終いには「世界を救う為にキスをしないといけない」とかいう電波を発し……。


「えっぐ、えっぐ……うぅ……」


 ブチ切れたら、泣かせてしまった。――彼是一時間程、ぐずぐずと泣いている。


「あの、その、悪かったって――」


 泣き続ける方も泣き続ける方だが、日向は日向で、この状況を打開できるだけの語彙力や行動力が無かった。怒った時の勢いはどこへやら、今はただただ冷や汗をかいている。


 冬馬は二人の状況をずっと黙ったまま観察していた。二人でなんとか出来る事を願って、あえて手を出さなかったのである。だが、彼ももう限界だった。


「よっし」


 そろそろ潮時かと、冬馬が膝を叩いて立ち上がる。


 途方に暮れていた日向と、泣き暮れていた星月夜の二人は頭を上げた。


「怒って泣いて二人とも疲れただろう。ということで――」


と、溜める。


溜めて、


溜めて、


「皆でカレーを作るぞ!!」


 ばばんという効果音が聞こえた気がした。二人は無言。窓の外でちゅんちゅんと雀が二羽仲良く横切っていく。


 一瞬の間の後、最初に口を開いたのは日向。


「また、唐突だな……」


「そうか? だってそろそろ昼だぞ? いつまでもこうしているより、動いた方がお互い、落ち着くだろ」


 それもそうかと納得する日向と、よく分からずにおろおろとしている星月夜。


「つーわけで、まずは食材の買いだしだな! 三人で行くぞ!」


「おう!」


「え、え……?」


「“え”じゃない! 行くぞ!」


「は、はぃい!?」


 また声を張り上げる日向に星月夜はびくぅっと縮こまった。


――こりゃ慣れるまで大変だな。


 冬馬は溜息を吐いた。不思議な事に今日会ったばかりにしては、お互いに息がぴったりである。いい事なのか悪い事なのかは冬馬には分からなかったが。


 それから、三人は商店街へと繰り出した。二人の男子の影に隠れるように、星月夜は縮こまって歩いた。おどおどとしている。


「えっと、なんでそんな俺らの後ろに隠れて……んの?」


「えっと、人が多いところはどうしても怖くて……です」


 二人のまともな初会話だ。日向はおどおどとしている星月夜に、気まずそうに先程の事を謝った。


「さっきは悪かったな。いきなりでびっくりしたんだ」


「いえ、その、私の方こそ、ごめん、なさい」


 謝られた日向は「ん」と、それ以上は聞かなかった。冷静にあの言葉と、この少女の事を繋ぎ合わせてみる。


――こいつは、幸徳井家、土御門の親戚にあたる家から来た。つまり、何か霊媒関係の……。


 日向が思うに、霊媒師には二種類ある。


 本物か、偽物である。


 後者は詐欺師か、可哀想な人かのどちらかである。


 可哀想な人の中には、過去に経験した霊的な事件がきっかけで、自分は物凄い力を持っているのだと勘違いする人が多い。


 先程の発言を聞く限り、星月夜は後者であり、可哀想な人である。


――いや、でも本物の霊媒師も大概変な奴しかいねぇしな。


 自分の父親しかり、知り合いの霊媒師という霊媒師は皆、どこかおかしい連中である。普通の人間に見えないものが見えて尚且つ、普通の人間に出来ない事が出来てしまうのだから、感覚がおかしくなるのも仕方ないだろう。


 しかし、星月夜は……彼らと比べてもやっぱりおかしい。


――可愛い……んだがな。


 ちらっと後ろを見ると、彼女は俯いて歩いていた。そうすると小さい背が更に小さく見えた。


 口からでまかせとも思えなかった。あの焦りようといい、今のしゅんとした様子といい、彼女は真面目だったのだ。



――後でちゃんと聞こう。



 そう思いつつ、歩く。さりげなく星月夜に歩調を合わせながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る