四、衝撃告白 世界を救う為に〇〇してください

「あ……えっと、これはなんですか?」


「あぁ、これはHDD。録画したものを記憶する機材だな。こっちはマイクで――」


 自室で目覚めた日向の目にまず映ったのは、冬馬が喜々として動画用の機材について説明している光景だった。


「おー、目覚めたか、日向。中々起きないから心配したぞ」


「どう見ても心配してるようには見えないっていうか、意気投合し過ぎじゃないか? 初対面だよな?」


 当たり所が悪かったのか、頭がズキズキとする。何が起こったんだっけと思い出そうとして、日向は少女の方を見た。


 少女は背を向けていた。体が硬直しているようにも見えた。


「あ、え、えっと……」


 びくうっ!と少女の身体が釣り上げられた魚のように揺れる。不審に思い手を伸ばす。


「あっ!!」


「どうしたよ」と不用意に肩に触れてしまったのがいけなかった。びくんと少女の身体が跳ね、物凄い勢いで振り返り、遠心力によって振り回された馬の尻尾みたいな髪がべちんと鞭の如く日向の頬を叩いた。


「ぐえ」


「ご、ごめんなさい!!」


「寝起きの時といい……わざとやってんじゃないだろうな」


「ね、ねおき!? あ、あの何があったか覚えて……」


 覚えていない……。何か衝撃があったのは覚えているのだが。人の意識を奪う程の衝撃を、目の前の少女が発したというのか。


――あの体勢的に、頭突きされたのか? 殴られたのか? いや、だったら顔のどこかが腫れてそうなものだが。じゃあ、驚いて気絶しただけか? いや、それだと、なんか物凄くビビりみたいで嫌だな。


 等と考えていると、目の前の少女はみるみるうちに縮こまっていく。物凄く威圧的な形相になっていることに日向本人は気が付いていない。


冬馬曰く、日向の思案顔は鬼の形相……特に何かを思い出そうとするときの顔はヤバい。しかも日向本人は全くその事に気がついてはいない。


「あ、あの……」


「ん、あ、あぁ、ごめん」


 少女はおどおどとしたまま、日向の顔をじっと見つめている。日向にしても、こんな事を聞くのは、どうかなと思うのだが。


「えっと、俺達、どこかで会った事ある」

「な、ないです!!」


 条件反射からの否定に、日向と冬馬は揃ってびくっと跳ねあがった。


――あるのか。


 そう思ってから、この質問をしたことを心底後悔した。いつ、どこで、どんな場で、出会ったのか、全く思い出せないのだ。しかし、同時に既視感も感じている。


 弱った。


「あ、えーっと……俺、土御門日向……です」


「幸徳井(かでい)星月夜(せつな)です………………はじめまして、えっと、星に月に夜でせつなと……」


「なんか二人ともすげぇ名前だよな」

 

 どぎまぎしている二人をよそに茶を飲んでくつろいでいる。他人からすれば、その程度の話題に過ぎないだろう。


 幸徳井家。その名前は親父から聞いた事があった。


「あ、あの、ひゅう、がさん……えっと、その……」


「あ、ごめ、えっと?」


 気付けば、星月夜が今にも茹で上げられた蟹のように顔を真っ赤にしていた。目が若干潤んでいる。


「ご、ごめんなさい。ここでは言えません……!!」


「あ、え、はい……」


 情緒不安定か! と心の中でツッコミを入れる。だが、同時に彼女がこうなっている理由が自分の中にあるとしたらどうしようという想いもあり、心の中のツッコミを言葉にすることは出来なかった。


 そんな二人の様子を誤解した冬馬が、


「あ、俺席外した方がいい??」


「……いや、その気遣い意味不明だから」


 幽霊達がいない時で良かったと思った。ユウコさんがいたら池の鯉の如く食いついてきただろう。鉄拳を食らわせるのは面倒だ。


「あ、あのさ……なんか言いたい事があるなら、聞くからちょっと落ち着いて深呼吸してみよっか?」


「し、深呼吸ですか。え、えっと、すっすっはー」


「それをやるならひっひっふーじゃ、痛ぇ!」


 ピントのずれたツッコミを入れる冬馬の頭に容赦なく拳骨を入れる。


「ど、どうかな。落ち着いた?」


 星月夜は無言に、――部屋が無音に、なった。俯いた彼女の頭に二人の視線が注がれる。不思議な事に、中古エアコンのファンモーターの音も、外で喧しい蝉の音さえも遮断されたような気がした。先程、吹き飛ばされた時は気のせいかと思ったのだが……。先程見たスーツケースに大量の御札が脳裏をよぎる。


――いや、それよりも。


「……………………………!!」


 今にも頭から湯気が出そうな程に真っ赤になっていて面白い顔だ。口に出せる雰囲気ではないが。


「言います」

「どうぞ」


 小学生の発表を聞く先生にでもなったかのような心持ちで少女の言葉を待つ。ほんの一瞬の刹那。


「世――」


どんな内容であっても、話半分に聞き流す所存でいた日向は――


「世界を救う為に、私とキスをしてください!!」


 少女の告白に、石化した。耳ではその言葉を受け止めている筈なのに、脳がエラーを吐き出している。拒絶でも照れ隠しでもない。ただただ――、


 意味が分からない。


「いいいきなりこんなことをいわれてさぞかしおどろきでしょうしかしもうじかんがないとおじいさまもおっしゃっていてわたしもどうしたらいいかわからないままにここにおじゃまさせていただくことになってそのあのどの――」


 しかも、少女は一度言葉にした事で勇気を得たのか、ぺらぺらと、だが、よく聞くと意味が繋がらない言葉を、延々とベルトコンベヤー形式で流し続けている。


 矢継ぎ早に飛んでくる言葉が耳から入っては出て行く。その度に、日向の頭の血管がぴくぴくと脈動する。それに気づいたのか、ぽかんとしていた冬馬があたふたしだす。

「あ、えっと、ひとまず、おちつ」


「それでわたしはこうしてけついをむねにここへと――」


 冬馬のどっちつかずなふわっとした諫めと、喋り出して止まらない壊れた星月夜に――


「いい加減にしやがれぇえええっ!!」


「ひぃいいっん!!」


 日向の怒りが狭苦しい部屋一杯に爆発した。

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