作戦その18 隊長に想いを自覚させよう!3

「うっ……」


 ティーナは喉の渇きを覚えて目を覚ました。目を開けたはずなのに、暗くて辺りがよく見えない。どうやら今は夜らしい。


 自分の置かれた状況を思い出しながらゆっくりと起き上がる。確か、大型魔獣を倒そうとして──


「ティーナ?」


 すぐ側で聞き慣れた声がして、ティーナは何度か瞬いて目を凝らす。ティーナのすぐ側に大きな黒い塊が見えた。


「フェンネル隊長……?」


 ティーナの掠れた声を耳にしたフェンネルは素早く立ち上がって燭台の明かりをつける。


「ティーナ」


 眩しさに目を瞬きながらも、目に入ったフェンネルの顔は見たこともないくらい頼りのないものだった。フェンネルは素早くティーナの元へ戻り、身体を支える。


「水だな」


 焦った口調のフェンネルはサイドテーブルに置いてあった水差しからコップに水を注ぎ(焦りからかサイドテーブルに大量に水を零した)、ティーナに手渡した。フェンネルと対称的に落ち着いた様子のティーナはコップを受け取るとゆっくりと喉を潤す。


「フェ……」

「ティーナ、身体の具合はどうだ?」


 ティーナが口を開くのを遮ってフェンネルが次々と質問を投げかける。


「胸は痛むか? 身体は? 大丈夫か?」


 戦闘中でも普段でも見せないような余裕のないフェンネルにティーナはくすりと笑みを零した。


「少し違和感はありますが、大丈夫です。魔獣の討伐は……」

「そんなことはどうでもいい」


 フェンネルはティーナからコップを受け取ると、そのままぎゅっと手を握る。


「大丈夫、なんだな?」

「……はい」


 ティーナがしっかりと頷いて見せると、フェンネルはほっと息を吐いた。


「でも、念のため医者に診せる必要があるな。今から呼んで……」

「フェンネル隊長」


 立ち上がろうとしたフェンネルの手をティーナが引く。


「落ち着いてください、フェンネル隊長。今はたぶん夜ですよね? お医者様もおやすみのはずです」

「叩き起こす」

「フェンネル隊長」


 目が座っているフェンネルにティーナは苦笑する。


「本当に大丈夫ですから。朝になったら呼んできて下さい、ね? それより、私の身体はどのくらいダメージを受けているのでしょう?」

「ああ……」


 フェンネルは仕方なく呻きながら椅子に座りなおす。両手でティーナの手を包み込んで、撫でた。


「肋骨が何本か折れてる。綺麗に折れているらしいが、しばらく安静が必要だな」

「そうですか……」

「あとは打撲がいくつか。身体へのダメージはそのくらいだが、丸一日は眠っていたのは魔力切れを起こしていたかららしい」

「そんなに眠っていたのですね」


 夜ということは、今は討伐作戦の翌日の夜ということになる。


「それで、魔獣は?」

「……倒した。ティーナのおかげでな」


 作戦は無事に成功していた。小型魔獣を担当した隊員たちもほとんど怪我なく任務を完遂した。今はフェンネルをティーナの側に置いて、隊員たちだけで事後処理に当たっている。


「すまなかった、ティーナ。ティーナが傷ついてしまったのは己の力を過信した俺の作戦のせいだ」

「それを言うなら、フェンネル隊長の作戦に異議を唱えなかった副隊長の私の責任でもあります」

「いや、ティーナは悪くない。俺が……」

「フェンネル隊長は私のことを助けてくださいました」


 起きてからしばらく経ったティーナは倒れる前の自分の状況を思い出してきていた。気を失う前の記憶は、フェンネルが小型魔獣を倒して駆けつけてくれたことだ。


「だから、私は今ここで……」

「いや、違う。ティーナが俺を守ってくれたから、俺は大した傷もなく今こうしていられている。俺は……」

「フェンネル隊長?」


 ティーナが見たこともないくらいフェンネルは落ち込んでいるように見えた。いつも自信家のフェンネルがこんなに弱気になるなんて、と、ティーナは不安になってフェンネルの顔を覗き込む。


「ティーナ」


 目が合うとフェンネルは辛そうな顔のまま手を引いて、ティーナの身体を優しく抱きしめた。


「無事でよかった」


 耳元から聞こえた心からの声にティーナは鼓動を速め、顔を赤らめる。目覚めたばかりであまりよくわかっていなかったけれど、さっきからずっと手を握られたままだったし、こうして抱きしめられたことで一気に緊張が増していた。


「俺は最強の騎士になろうと躍起になっていた。ティーナ一人を守れなくて何が最強の騎士だ」


 フェンネルはティーナが眠っている間、繰り返しそう自分を責めていたのだ。人を救いたいと始めたはずだったのに、いつの間にか騎士団の中で上へ行くこと、団長になることばかりを考えていた。大切なことはそうじゃなかったはずなのに。


「俺はティーナを守れるような騎士になる」

「フェンネル隊長……」

「団長になるのが最強なわけじゃない。大切な人を守れる強さを持つのが最強の騎士だ」


 そう誓うフェンネルの胸にターコイズのペンダントはなかった。あのペンダントは戦いの中で外れ、フェンネルが打ち込んだ雷に当たって粉々になってしまっていた。駆けつけた隊員が拾い集めたかけらがフェンネルのポケットに収まっている。


 失いそうになって初めて気がついた。今のフェンネルにとって大切なものは何なのか。自分の気持ちがどこにあるのかを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る