作戦その18 隊長に想いを自覚させよう!2
翌日。第二小隊と現地の騎士たちは朝早くから装備を整えて町の外に集合していた。厳しい戦闘になることは目に見えているので、全員の表情は固い。
そんな騎士たちの前に立ったフェンネルもいつもよりも真面目な顔で全員を見渡す。
「よし、じゃあ作戦通りに」
口にしたのは騎士たちを鼓舞するというよりは事務的な言葉。しかし、そのいつものフェンネルらしい言葉は隊員たちを安心させた。いつも通りでいいのだ、と。
全員引き締まった表情で町を出る。風魔法の使い手がまず先行し、空に昇った。その他の騎士たちは誘導先のポイントへ。フェンネルとティーナは大型の誘導場所へと別れる。
「それじゃあ頼んだよ、みんな。何かあったらすぐに狼煙を上げてね」
「はい! フェンネル隊長とティーナ副隊長もお気をつけて!」
隊員たちは十分に二人のことを信頼していた。二人が大丈夫というならいつも大丈夫だと。そうして振り返ることなく所定のポイントへと向かっていった。
「大丈夫でしょうか」
心配性なのはティーナだ。自分の心配はしないのに、隊員たちのことはいつも不安に思っている。
「大丈夫だ。俺たちは自分たちの仕事に集中だ。なんてったって久しぶりの大物だからな」
フェンネルはそう言ってニヤリと笑う。そうやって笑うフェンネルの半分が強がりだとわかっているティーナは表情を引き締めて頷く。
「他人の心配をしている暇はありませんね」
「そういうことだ。行くぞ」
二人は頷き合って所定のポイントへと走り出した。
所定のポイントに着いた二人は辺りを警戒しながら空を見上げる。遠くに空を飛んでいる騎士たちの姿が見えた。その騎士たちが狼煙で合図をしたら作戦が開始される。待機しているということは、まだ魔獣がポイントに辿り着いていないのだろう。
「いつも通り、魔獣の攻撃は私が防ぎます」
魔獣がやってくるのを待ちながらティーナは作戦を確認する。そこには独特の静けさと緊張感が漂っていた。
「恐らく手数の多いやつでしょう。蔦を切ってもきりがありませんから、フェンネル隊長が本体に切り込むまで攻撃を防ぎ続けます」
植物系の魔獣は蔦を自在に伸ばして打ち付けるように攻撃してくる。四方八方からやってくる攻撃を止めるには本体を倒すしかない。
「自分の身もちゃんと守れよ」
「わかっています。でも、フェンネル隊長が引きつけてくれているのに、私に攻撃はそう来ないでしょう」
「油断するな。大型なんだから何をしてくるかわからない」
いつも余裕の表情のフェンネルが珍しく厳しいことを言う。フェンネルは自分でも何故ここまで不安になるのか、よくわかっていない。
不思議に思ったティーナがフェンネルの顔を見ると、その瞳に見たことのない熱を感じて狼狽えた。今にも逃げたいけれど目が離せない。その熱の正体はなに──
ゴゴゴゴゴと、地響きがして、ハッと我に返った二人は空を見る。
「来たか」
そうフェンネルが呟くと同時に狼煙が上がったのが見えた。二人は剣を抜きしっかりと前方を見据える。地響きが次第に近づいてくるのがわかった。
「来ました!」
見晴らしのいい草原で、一体の大きな魔獣が二人に近づいてくる。大きな木のように見える魔獣は一直線に二人を目指してきた。どうやら誘導は成功したらしい。
魔獣も二人を確認すると蔦を何本も伸ばしてくる。それをティーナが防御魔法を展開して防ぐ。そうして防ぎ、近づいてきたところでフェンネルが切り込んでいくのが作戦だ。
ティーナが防御魔法で防いでいる内に魔力を練り上げたフェンネルは、
「行くぞ!」
と、言って大地を蹴る。フェンネルは左右に身体を振りながら無駄のない動きで大型魔獣への距離を一気に詰めていく。しかし、突如ハッと目を見開いたフェンネルは後ろに飛び退いて足を止めた。
「小型もいる!」
フェンネルの言葉に辺りを見渡したティーナが目にしたのは、大型魔獣の影から飛び出してきた五体ほどの小型魔獣。植物系の小型魔獣は、大型魔獣の影に隠れてついてきていたようだった。
「ちっ……!」
想定外の事態にフェンネルは剣を握り直す。大型魔獣だけを引きつけられたと思っていたのは目論見違いだった。フェンネルは表情を厳しくする。いくらフェンネルとティーナであっても、二人だけなら大型魔獣だけで手一杯なのだ。
「フェンネル隊長は大型を! 私は小型に対応します!」
攻撃を防ぎながら走ってフェンネルに近づいてきたティーナはそう叫ぶ。
「私が小型を引きつけながらすべての攻撃を防ぎます!」
「無茶だ!」
フェンネルも大型の攻撃に対応しながらティーナを振り返る。
「俺のサポートをしていたら自分の守りが弱くなる!」
「だけど、それ以外に方法はありません! 大型をやれば小型の動きは鈍ります!」
「そうだとしても……」
「フェンネル隊長!」
渋るフェンネルにティーナが叫ぶように言う。
「私は大丈夫ですから、フェンネル隊長は手早く大型をやっちゃってください」
「ティーナ……」
フェンネルの瞳が揺れる。だが、それ以外に方法が思いつかないことも事実だった。
「無茶はするな。俺は自分の身を守れるから、いざとなったら俺の守りを捨てて自分に全魔力を注げ」
「わかりました」
ティーナはしっかりと頷く。一つにまとめたティーナの燃えるような赤い髪の毛が、風でなびいてフェンネルの背中を撫でた。
「さあ、行ってください!」
ティーナの勢いのいい掛け声で、フェンネルは思い切り地面を蹴って再び大型魔獣へと走り出す。ティーナはフェンネルに防御魔法をかけ続けながら剣を大きく振り小型に向けて走る。小型の魔獣はターゲットをフェンネルからティーナに変えて、黄色の閃光を帯びた蔦を向けた。
「雷か……!」
どうやらこの魔獣たちの属性は雷らしい。フェンネルと同じ雷なら負けるはずがない、とティーナは大型魔獣の方へ目を向ける。
フェンネルは大ぶりの剣を巧みに操りながら大型魔獣の本体へとあと一歩まで近づいていた。剣を振り回しながらも蔦の攻撃の威力を弱めるために雷の魔法も落とし、焼き切っている。
それでも、大型魔獣の攻撃は強まるばかりで、ティーナはそれを防ぐために多くの魔力を使う。結果、自分の守りが薄くなり、剣を振るって時間を稼いではいるがじわじわと押され始めていた。
「はぁっ!」
大型魔獣の本体へと到達したフェンネルは、全魔力を剣に注ぎ、強大な雷の力をまとった剣先を本体へ打ち込む。ただ、フェンネルの力と雷の威力を持ってしても一発で大型魔獣は倒れない。攻撃は確実に弱まったが、まだフェンネルを仕留めようとする蔦からの攻撃は続いていた。
一旦距離を取ったフェンネルは再び魔力を練りながら大型魔獣へと切り込んでいく。今度は前回と違い、蔦に使う魔力は残っておらず、フェンネルは素早く避けながら進む。たが、フェンネルの足よりも蔦の方が速かった。
「フェンネル隊長!」
フェンネルに止めどなく押し寄せる攻撃をティーナが防御魔法を強めて食い止めた時だ。
「きゃあ!!!」
小型魔獣の攻撃がティーナの防御魔法を抜いた。フェンネルの方へ力を集中するあまり、自分の防御魔法を弱めてしまったのだ。
「ティーナ!」
その叫び声にフェンネルはティーナを振り返る。かろうじて攻撃をかわしたティーナだったが、バランスを崩して片膝をついてしまっていた。フェンネルはティーナの元へと駆けつけようと踵を返そうとする。
「ダメです! 大型を!」
ティーナはその状態でもまだフェンネルへ防御魔法を使い続けていた。フェンネルは大型魔獣にあと一歩のところに迫っている。このチャンスを逃せば二人共やられてしまう、とティーナは叫ぶ。
「くっ!」
今すぐにでもティーナの元へと駆けつけたいフェンネルだったが、共倒れが一番まずいことは隊長としてわかっている。奥歯を噛み締めて、再び大型魔獣へと視線を向けた。
この一発で倒さねばならない。そうしなければ、ティーナは──
フェンネルは練った魔力を全部解放する。髪の毛が逆立つ程の雷が剣に注がれた。それは、先程よりも魔力を練る時間は短かったはずなのに、確実に前回の一発よりも大きな魔力だ。
危機を感じたのか、大型魔獣は攻撃を加速させる。ティーナの防御魔法で防ぐが、とうとう一発が防御魔法を貫通し、フェンネルの元へと伸びた。
「フェンネル隊長!」
ティーナは悲痛な叫びを上げるが、フェンネルが身体にもまとった雷が肉体を傷つけられる前にそれを防いだ。騎士服が破れ、胸に下げているターコイズのペンダントが揺れた。
「はああああ!」
声と共に力を込めてフェンネルは大型魔獣の本体に全力の一発を打ち込んだ。
ザザザザザザザザ
人間に聞こえるような声は出さない植物系の魔獣だが、その声が聞こえたかと錯覚するような細かな振動が駆け巡った。それは魔獣の断末魔。大型魔獣は致命傷を負い、息絶えた。フェンネルは剣を抜くと素早く後ろを振り返る。
「ティーナ!」
大型魔獣の攻撃からフェンネルを守りきったティーナには小型魔獣が迫っていた。大型魔獣の最期の叫びを聞いて、小型魔獣は勢いを増してティーナへと蔦を伸ばす。
地面を蹴って走り出したフェンネルだがティーナの元までは距離がある。もうすべての魔力は出し尽くしているのに、それでも魔力を練りながらフェンネルは必死に走った。
「ティーナ!!!」
ティーナも小型魔獣の攻撃に気がついて咄嗟に防御魔法を展開するが、魔力が切れてしまっているために弱いものとなってしまう。それは小型魔獣の攻撃に堪えられるものではなかった。
「きゃああ!」
「ティーナ!!!!!」
ティーナは小型魔獣からの蔦に鞭打たれ後方へと吹っ飛んだ。十メートル程吹っ飛ばされてしまったティーナは地面に強く打ち付けられた。
それでも攻撃をやめる気配のない小型魔獣はティーナの元へと近づく。地面に打ち付けられたティーナは呻き声を上げながら身体を起こそうとするが、震えるだけで上手く起き上がることができない。苦痛に顔を歪めたティーナをフェンネルは走りながら確認した。
「お前らあああああ!」
ものすごい勢いで駆けるフェンネルは小型魔獣へと近づく。その時、大型魔獣の攻撃で紐が傷んでしまったのだろう、ターコイズのペンダントが地面に落ちた。
それをチラリと見たフェンネルだったが、足を止めることはない。
「はああああ!!!!」
魔獣の気を引くためにわざと大声を上げながら走り込んだフェンネルは辺りに雷を打ち込んでいく。もはやコントロールはできず、フェンネルの後方など全く関係のないところまで雷が落ちた。それでもティーナだけには当たらないように気をつけながら、小型魔獣の目前まで迫ったフェンネルは剣を振り上げる。
小型魔獣の攻撃よりも早くフェンネルの剣が振り下ろされた。剣だけでは固くて貫通できないはずの植物魔獣の身体もフェンネルの力だけで無残に切られていく。
その場にいた小型魔獣はフェンネルへと攻撃の矛先を向ける。それを走ってかわしながら、フェンネルは鬼の形相で次々となぎ倒していった。
勝負はあっという間に決着がつく。その場にいたすべての魔獣を倒し尽くしたフェンネルはティーナの元へと駆け寄った。
「ティーナ! ティーナ、大丈夫か!?」
剣を雑に投げ捨てて、フェンネルは優しい手つきでティーナを抱え起こす。
「フェン、ネ……ごほっ」
フェンネルの腕の中でティーナは咳き込んだ。胸を強く打ち付けられたせいで、喋ると胸が痛む。
「喋らなくていい、ティーナ」
悲痛な面持ちのフェンネルはティーナを優しく抱きしめた。
「大丈夫だ、すぐに医療班を呼ぶ」
「は……い」
安心したように微笑んだティーナはフェンネルの腕の中で意識を手放す。
「ティーナ、俺は……」
その呼吸が安定していることを確認してから、フェンネルは沈痛な面持ちでそう呟いて、傷ついたティーナの額にそっと口付けた。
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