作戦その18 隊長に想いを自覚させよう!1
翌日。植物系の大型魔獣の群れがインバロ方面に進行していることが確認されたので、第二小隊は討伐のために王都を出た。
普段と変わらないティーナの凛々しい顔つきを見てエルビスは何も言うことはなかったが、その代わり視線でフェンネルに訴える。
『ちゃんとしろよ』
その視線を苦い顔で受け止めたフェンネルは第二小隊を率いてインバロの町へと急行する。植物の魔獣は足が遅いが、なるべく早く町へと着いて討伐を開始したい。
二人はすっかり仲直りしたように見えたが、微妙にいつもと雰囲気が違う。すました顔のティーナはどこか吹っ切れたような様子だが、それを見るフェンネルには迷いが見られる。少しづつ変わっていく二人の様子に隊員たちは密かに色めきだっていた。
「あとちょっとでくっつくんじゃないか!?」
「もうひと押しだ! ティーナ副隊長!」
「早くくっつけ!」
慰労会の後、あんなに頼りない表情のフェンネルを隊員たちが目撃したのは初めてのことだ。あとは、フェンネルが自分の気持ちに気がついてさえくれれば、二人の関係は一気に変化するように思えた。
道中、隊員たちはフェンネルにさりげなく恋の話をもちかけたり、ティーナと二人にしたりと配慮を続けている。だが、その『フェンネルが自分の気持ちに気がつく』ことこそが最大の難関であり、思うようにはいかない。
第二小隊は順調にインバロの町へと辿り着いた。魔獣より先に町へ到着できたことに安堵する。魔獣の頻出地域だけあって既に住民の避難も完了し、警戒態勢は万全だ。
現地の騎士たちと合流し、討伐の場所や方法についての作戦会議が始まる。ここではフェンネルが五十名近くの騎士たちを束ね、作戦を遂行することとなる。
魔獣は群れで進行中で、大型一に小型が六十程の大群だという。
「まずは大型と小型を離れさせる必要があるな」
「植物系なので火でも放って注意を引きたいところですが、草原なのでその手は使えません。どうしましょう?」
背の高い草が生い茂る平原では火は使うことができない。すぐに燃え広がって魔獣だけではなく人間も身動きが取れなくなってしまうし、町への被害も懸念されるからだ。
「やつらは目と耳はなく、振動で物の位置を感じているようです。風魔法で飛びながら姿を確認しましたが、こちらに気がつく気配はありませんでした」
「振動で、か……」
現地の騎士の報告にフェンネルは顎に手を当てて考える。
「それじゃあ、風魔法の使い手がなるべく静かに近くまで近づいてから弓を射て大型と小型を離れさせるのはどうだ?」
「なるほど。誘導した先に騎士たちを配備しておけばいいわけですね?」
「そうだ。大型は俺とティーナが担当しよう」
フェンネルはいつものように作戦の要に自分とティーナを置いた。
「お二人で大丈夫なのですか?」
第二小隊の隊員たちは慣れっこだが、現地の騎士たちは目を丸くする。大型魔獣といえば、一体につき騎士が十名ほどは必要な相手だ。
「大型だけなら俺たちで十分対応できる」
「わかりました」
王都から派遣されてきた騎士隊長がそう言うのだから異論はなかった。
「それでは、フェンネル隊長とティーナ副隊長はこちらから迂回してこの辺りで待機するのはいかがでしょう?」
現地の隊員は広げた地図の場所を指し示す。
「それでいい。小型も数が多い。俺たちはそちらのフォローができないと思え。それでもいけるか?」
「はい!」
フェンネルの問に隊員たちは力強く返事をする。普段みっちり二人にしごかれている隊員たちだ。このくらいは任せてもらいたいと胸を張った。
「よし、じゃあそれでいこう」
隊員たちの返事に満足した様子のフェンネルも頷いて、今回の作戦が決定した。
作戦行動は翌日だ。第二小隊はインバロの町で作戦の確認や装備を整えて明日を迎えることとなる。道中の疲れを癒やして万全の状態とすることも準備に含まれているので、その日の夜は宿で穏やかな時間を過ごしていた。
食事の後、一人部屋をもらったフェンネルが宿の部屋にこもりぼんやりとして過ごしていると、部屋の扉が叩かれた。
「フェンネル隊長」
声の主はティーナだ。フェンネルは横になっていたベッドからのっそりと起き上がって扉を開ける。
「申し訳ありません。おやすみでしたか?」
フェンネルの髪の毛が乱れているのを見てティーナは申し訳なさそうに尋ねた。
「いや、寝てはねえよ」
ティーナを部屋に招き入れて扉を閉める。
「何か問題が?」
「いえ……そうではないのですが、フェンネル隊長とお話しておきたいと思いまして」
二人は部屋に備え付けられている椅子に向かい合って座った。
「明日は厳しい戦いになります」
フェンネルとティーナの二人で大型魔獣を倒すことになってはいるが、戦力となるフェンネルの雷魔法と植物系魔獣の相性は悪い。いくらフェンネルであっても、厳しい戦いになるだろうということはティーナだけが十分に理解していた。
「悪いな。ティーナには負担をかける」
「いえ、それは構いません。いつものことですから」
流石に申し訳無さそうな顔をするフェンネルにティーナは苦笑して答える。
「ただ……これだけは言っておこうと思いまして」
ティーナはそう前置きをして、一度ぎゅっと目を閉じてから再びフェンネルを見据えた。
「フェンネル隊長がどう思っていようと、私は変わらずお守りします。安心して背中を預けてください」
フェンネルは少しだけ目を見開いてティーナの顔をじっと見る。ティーナは真剣な顔でフェンネルのことを見つめ返した。
吹っ切れた様子のティーナだったが、自分が「抱きしめられたことが嬉しい」と発言したことでフェンネルに気持ちがバレてしまったと思っている。それに戸惑いを見せているフェンネルを見て、自分の気持ちはやはり負担なのだと、そう感じていたのだ。
実際フェンネルはその言葉の真意がわからないだけなのだが。
「それは……今更だろう。俺は元よりティーナを信頼している」
「それならいいんです」
フェンネルの答えに偽りはないと判断したティーナは柔らかく微笑み、立ち上がった。
「それだけ伝えたかったんです。それではまた明日」
「ティーナ……」
あっさりとそう告げて部屋を出ていこうとするティーナをフェンネルは引き留めようと手を伸ばす。しかし、フェンネルが腕を掴む前にティーナは部屋から出ていってしまう。
フェンネルはしばらく立ち尽くし、伸ばしかけた手をじっと見つめていた。
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