作戦その17 二人を仲直りさせよう!3

 第二小隊詰所の小さな机で翌日からの行程を確認しているフェンネルは、扉が開かれる度にそちらに目を向けていた。ティーナが戻ってくるのを待っているんだ、と隊員たちは全員わかっていて、なかなか戻って来ないのでハラハラしながら見守っている。


 二人は慰労会の後から気まずそうだ。避けているのはティーナの方で、それは、フェンネルの声がするとピクリと身体を震わせるほど。


 それもどうもお互いに怒っているわけではなさそうで、僅かに耳を赤くして目線を彷徨わせるティーナと、表情は変わらないように見えるがティーナのことを決して見ようとしないフェンネル。言い合いはしてもそれを後に引きずらない二人なので、今までない反応だ。


 恋人のふりをする作戦、上手くいったと思ったのだが失敗だったのだろうか。隊員たちは本人に尋ねることもできないので、わからないまま首を傾げた。


 ティーナはなかなか戻ってこない。常に遠征の準備を整えてあるので、そうは時間はかからないはずなのだが。


 どうも集中できない様子のフェンネルはとうとう、


「……遅いな」


 と、一人呟いた。近くにいてそれを聞いた隊員は反応しないわけにもいかない。


「そうですね。見て来ましょうか?」

「そうだな。……いや、待て」


 フェンネルの顔には迷いが浮かんでいた。そんな頼りなさ気な顔をするフェンネルなんて珍しすぎて、そろそろ夏だけれど雪が降るんじゃないかと、隊員は窓の外を確認する。今のところ晴天だ。


「あいつは俺が行かないほうがいいだろうな」

「そんなことはないですよ」


 覇気のないフェンネルに怯えながらも隊員はすぐに否定する。


「ティーナ副隊長が嫌がるはずがないじゃないですか」

「いや、だが……」

「ティーナ副隊長はフェンネル隊長のことを僕たち隊員同様に慕っています。それは何があっても変わらないことです」


 隊員がフェンネルに意見するなど初めての経験だ。それでも言わずにはいられなかった。


「何があっても、か……」


 フェンネルは隊員の言葉を噛み締める。例え喧嘩をしようとも、気まずくなろうとも、フェンネルへの想いは変わらない。長く見てきた隊員だからこそわかることだ。


「俺が見に行ってくる」

「はい、お願いします」


 決意を固めたフェンネルは隊員たちにそう宣言してから、ゆっくりと詰所を出ていった。


「頑張れ……!」

「デリカシーのないことを言わないでくださいね」

「ちゃんと仲直りしてくださいよ!」


 フェンネルは既に部屋を出ているので、聞こえないことをいいことに、隊員たちは思い思いの励ましを投げかけた。




 荷馬車に向かったフェンネルはすぐにティーナの姿を見つける。ティーナは予備の剣や防具、薬を詰め込んでいるところだった。フェンネルは一息置いてから、


「ティーナ」


 と、声をかける。


「フェンネル隊長……」


 ティーナは荷台の上から振り返った。二人の目がしっかりと合ったのは、あの慰労会以来のことだ。荷台から降りたティーナはフェンネルと向かい合う。


「すみません、時間がかかってしまって」

「いや、いいんだ」


 ぎこちなくだが、二人は言葉を交わす。近くには誰もいないので、静けさが二人を包んだ。困った様子のフェンネルが意を決して口を開いた。


「ティーナ、この前のことだが……」

「フェンネル隊長」


 それをティーナはすぐに遮る。フェンネルを真っ直ぐに見る瞳にはもう迷いは見られなかった。


「フェンネル隊長がおっしゃりたいことはわかります。だけど、言わないでください」

「……何故だ?」

「ご自身のことを話してくれて、嬉しかったです。その後のことも……私は」


 ティーナは一旦言葉を切り、少しの間を空けてから、


「嬉しかったです」


 と、言った。


「嬉しい……」


 その言葉を繰り返したフェンネルの顔は驚きでいっぱいになっている。ティーナが戸惑っているとばかり思っていたフェンネルにとって、その言葉は意外なものでしかない。


「明日からの遠征、頑張りましょう」


 ティーナはそう言って頭を下げてから、詰所に向けて駆け戻っていった。取り残されたフェンネルは一人、呆然としている。衝動的にティーナを抱きしめてしまったこと。自分でも何故そんなことをしたのか、自分の気持ちがわかっていないというのに、ティーナはそれを嬉しい、と。


 しかし、不思議とフェンネルの身体にも嬉しいという気持ちがじわじわと広がっていく。


 フェンネルはターコイズのペンダントを取り出して手の上に乗せる。そのペンダントを見つめながら、フェンネルはしばらくその場に佇んでいた。

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