作戦その17 二人を仲直りさせよう!2
詰所を出たティーナは荷馬車に積まれた装備を確認してから倉庫へ向かった。そこで足りないと思われる物資を補充するためだ。
大事な作戦の前日だと言うのにティーナの頭の中は慰労会での出来事でいっぱいになっている。突然にフェンネルから抱きしめられたこと。それを意識するがあまり、フェンネルを避けるような態度を取ってしまっている。
長年の付き合いだ、ティーナの様子がおかしいことにフェンネルも気がついているだろう。そして、もしかするとその原因が自分にあることも。
こんな態度を取り続けて、状況が良くならないことは十分に理解している。フェンネルをずっと好きでいることを悟られてしまうかもしれない。それでも、ティーナはフェンネルを目の前にすると、どうしても恥ずかしくて避けてしまうのだ。
「……ティーナ副隊長?」
「わっ!」
ぼんやりと考え事をして、誰かが倉庫に入ってきたことにも気がつかなかったティーナは、突然後ろから声をかけられて飛び上がる程驚いた。振り返ると、そこにはユウリが立っている。
「ユウリ!」
「すみません、ティーナ副隊長。驚かせてしまいましたか」
いつも隙のないティーナだ。背後の気配にも当然気がついているだろうと思っていたユウリは、ティーナの反応に逆に驚いていた。
「ごめんなさい、少し考え事を」
ティーナは自分の胸に手を当てて鼓動を落ち着けるよう努める。
「……何かあったのですか?」
鈍いユウリでも、流石にティーナの様子がおかしいことに気がついた。頼りない表情をしたティーナはすがるようにユウリを見る。
「ユウリ……」
ユウリは倉庫の扉を閉めて誰にも聞かれないようにしてからティーナの側まで近寄った。
「一体何があったのです? ティーナ副隊長がそんなに取り乱すなんて。……あ、まさか」
思い当たることがあったユウリは、ティーナの両肩に手を添えたまま、
「慰労会でのことですか?」
と、尋ねる。慰労会に参加していたユウリは、フェンネルがティーナを恋人として扱っていた場面をばっちり目撃していたのだ。
「フェンネル隊長からの告白を断ることができなかったんですか? それとも、慰労会でクロルド隊長が女の人と仲良さそうにしていたからですか?」
「え、どういうこと? 何でクロルド隊長が?」
ユウリの瞳に憎しみの炎が宿るのを見て、ティーナは不思議に思う。
「だって、ティーナ副隊長の好きな人ってクロルド隊長じゃ……」
「ええ!? 違うよ!」
誤解が生じていることに気がついて、ティーナは慌てて訂正する。
「私が好きなのは……フェンネル隊長だよ」
照れたようにもじもじと告白するティーナにユウリは目を見開いた。
「え、えぇ!? そうだったのですか!? 私はてっきり……」
「ごめんね、私がはっきりと言わなかったから」
自分の好きな人の名前を誰かに伝えたことなどなかったので、恥ずかしくてはぐらかしてきた。だからこそユウリは勘違いしていたのだとティーナは申し訳なく思う。
「じゃ、じゃあフェンネル隊長と晴れて恋人同士になれたということですか!?」
「それは違うの。実はね……」
ティーナは慰労会で恋人のふりをすることになった経緯をユウリに説明した。
「なるほど……」
ユウリは残念そうな顔で、
「だから、そんなに悩んでいるのですか?」
と、聞く。
「そうじゃないの、ええっとね……」
ティーナはあの出来事をどう言ったらいいか、言葉を選んだ。
「慰労会で二人で話している時に、思い切ってフェンネル隊長の好きな人のことを聞いたの」
「ティーナ副隊長は前に片想いだと言っていましたもんね」
「そう。思った通り、フェンネル隊長はずっと想っている方がいたわ。私には敵わないから、諦めようと、そう思ったの。だけど……」
視線を彷徨わせてどう言ったものかと悩む。だけど、こんなに親身になって自分の悩みを聞いてくれているユウリに嘘はつけないと覚悟を決めた。
「その、突然フェンネル隊長に抱きしめられて……」
「ええ!?」
ユウリは二転三転する話に目を白黒とさせる。
「好きな人がいるのに、フェンネル隊長はティーナ副隊長を!?」
「私にもわからないの」
しおらしくなったティーナは俯く。
「何故フェンネル隊長がそんなことをしたのか。今までそんなことされたことなかったし……」
「ま、待って下さい。本当にフェンネル隊長はティーナ副隊長以外に想う人がいるのですか?」
ユウリは食事会で、フェンネルがティーナを大切に想っていることに気がついた。どう見ても他に想う人がいるようには思えなかったのだ。
「ええ。その方はもう亡くなっているけれど……」
ユウリは必死に頭を回転させる。フェンネルは亡くなってしまった人を今でも想っている。本当にそうだろうか? それならば、何故ティーナをこんなに大切に扱うのだろうか。そして、抱きしめまでして。
口を閉ざして考え込むユウリにティーナは自分の気持ちを吐露する。
「どうしてもフェンネル隊長のことを意識してしまって、普段通りに接することができないの。早く元通りにならないと、フェンネル隊長は私のことを見限ってしまうかもしれない……」
「それは有り得ません!」
ユウリはきっぱりと言い切った。フェンネルがティーナのことを突き放すなど、考えられないことだ。
「ティーナ副隊長は怖いのですか? フェンネル隊長との関係が変わってしまうことに」
「拒絶されることが怖いのよ」
「だからこそ、今まで気持ちを伝えずにいたんですか?」
「そう。フェンネル隊長の側にいられなくなることが、私は一番怖い……」
ティーナは顔を歪めて自分の腕をさすった。倉庫の中は決して寒くはないのに、ティーナは寒気を感じている。
「でも、踏み出さないとずっとこのままですよ?」
ユウリはティーナのレモンイエロー色の瞳を覗き込む。
「私はこれはチャンスだと思います」
「チャンス?」
「はい。フェンネル隊長が過去から脱却するチャンスです」
「過去から……」
フェンネルが大切にしているターコイズのペンダントがティーナの頭を過ぎった。
「そして、ティーナ副隊長がフェンネル隊長の恋人になるための」
「恋人……」
長くフェンネルに片想いしているのだから、夢見ていないわけではない。でも、現実のものとは思えなくて、踏み出そうとはしてこなかった。
「私はお二人はとてもお似合いだと思います」
「でも……ダメだよ。私が気持ちを伝えたら、任務に支障が出るって言われて突き放されてしまう」
「そんなの言ってみないとわからないじゃないですか!」
どこまでも臆病なティーナをユウリは叱責する。
「行動して、本当にそう言われてしまったら考えましょう? 大丈夫です、何かあれば私がクロルド隊長に言いつけます」
「それは事態がややこしくなりそうな……」
ティーナは二人が言い合いをしているところを想像して少し笑った。
「私も頑張ります。……ノルス副隊長のこと」
「ユウリ……」
ユウリの口からノルスの名前が出て、ティーナは心が温かくなる。目の前のユウリは自分を励まし、信頼して好きな人まで打ち明けてくれた。ティーナにとって同性の友人でここまで信頼し合える人は初めてだ。
「一緒に頑張りませんか?」
「頑張るってどうしたらいいか……」
「ティーナ副隊長は今はどうもしなくていいんですよ」
「どうも?」
言っていることが矛盾している、とティーナは首を傾げる。
「フェンネル隊長のことを意識していることを、態度で表し続ければいいんです。だって、抱きしめてきたのは向こうからなんですから」
「フェンネル隊長はどう思うかな……」
「ティーナ副隊長のことを目一杯考えて、意識させればいいんです。男の方から動いてもらわないと!」
「ユウリは強いね」
ティーナはくすりと笑う。ユウリに強く励まされて、少しづつ元気が戻っていくのがわかる。
「応援しています」
「私もだよ、ユウリ。ありがとう」
埃っぽい倉庫の中で、二人は手を取り合ってお互いの健闘を祈りあった。
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