作戦その17 二人を仲直りさせよう!1

「チャルストの村で魔獣の目撃情報だ」


 対魔獣騎士団の団長室。緊急で呼び出された隊長、副隊長勢に向けて険しい顔のエルビスがそう告げた。

 チャルスト村はハイルシュタット王国の最も東に位置する、辺境の村だ。魔獣の住処であるエコブ山脈に近いこの村では魔獣の出現頻度が高いので、騎士団の支部が置かれている。そこから目撃情報がもたらされたのだ。


「チャルスト村は無事だが、討伐しきれなかった魔獣が西に向けて移動したようだ」

「西というとインバロの町方面ですね」

「そうだ」


 インバロの町はハイルシュタットの東で最も大きな町になる。そこが襲われるのは何としても避けなくてはならない。


「ただ、南を迂回して王都方面を目指している可能性もある。今現地の騎士たちが調査中で判断するには時間が必要だ」


 エルビスは厳しい表情で続ける。


「それだけじゃない。どうやらその魔獣の中に大物がいるらしい」

「大物、ですか」


 クロルドも顔をこわばらせた。魔獣の群れのボスである大物はその名の通り大きな身体と強い魔力を持つものが多い、なかなか手ごわい相手だ。心してかからなくてはならない。


「目撃情報によると、植物系の魔獣で蔦を身体から自在に出して攻撃してくる相手らしい」

「それなら第一小隊の出番ですね」


 申し出たのはクロルドだ。火の魔法の使い手であるノルスを副隊長とする第一小隊が今回の魔獣には有効だと考えた。


「待て、それは王都の方へ魔獣がやってきたらだろう。インバロ付近で火は使えない」


 それに異議を申し立てたのはフェンネルだ。


「何故だ?」

「インバロの東は背の高い植物が生い茂る平原だろう? 火なんか使ったら町に燃え移る可能性がある」

「その通りだ」


 フェンネルの言葉にエルビスも頷く。


「南を迂回して王都へ近づいてくるつもりなら、火魔法は使えるだろう。ただ、インバロに向かっている場合は使えない。特にノルスの高火力の炎はな」

「くっ……」


 クロルドは悔しそうに唇を噛む。第一小隊を出せないことももちろんだが、火魔法を使う危険性について考えが至らなかった自分が歯がゆかったからだ。


「それほど足は早くないようだから、まだ魔獣がインバロに着くまで時間はある。王都へ近づいているようだったら第一小隊に、インバロに向かっているようだったら第二小隊に出動を命じる。遅くとも明日中には判断を下すのですぐに出動できるように準備をしておくように」

「はいっ!」


 エルビスの指示にその場にいた騎士たちが勢い良く返事をした。のだが、一人だけ返事に元気がなかった者がいる。


「……ティーナ?」

「え、は、はい!」


 どこかぼんやりとしていたティーナにエルビスが声をかけると、慌てて返事をした。その様子をエルビスは不審な顔で見る。


「何かあったか?」

「い、いえ、大丈夫です!」


 ティーナはそう返事をしたが、隣のフェンネルをチラリと見ると顔を伏せた。


「出動に不都合があれば、第二小隊は外して第三小隊に行かせるが」

「問題ありません。申し訳ありません」


 謝り続けるティーナをフェンネルはフォローすることなく固い表情をエルビスに向けている。


「……そうか、ならいいが。それじゃあ解散!」


 エルビスがそう号令をかけると、ティーナはホッと息を吐く。しかし、エルビスはフェンネルだけを呼び止めた。


 ティーナは自分の話をされるのではないかと心配するが、二人の会話は聞こえない。用もないのに団長室に居続けることもできないので、ティーナはエルビスとフェンネルを置いて先に部屋を出ていく。


 それを横目で確認したエルビスはフェンネルに向けてため息をついた。


「何があった?」

「何のことです?」


 フェンネルはすべてをわかっていながら、あえて疑問形で返す。


「ティーナのことだ」


 エルビスはフェンネルの反応を見逃さぬように観察しながら続ける。


「お前と付き合い始めたそうじゃないか」

「あれは慰労会を乗り切るための嘘です」


 即座に否定したフェンネルにエルビスは苦い顔をして深い溜め息をつく。


「どうせそんなことじゃないかと思ってはいたが」


 エルビスはフェンネルを立たせたまま部屋の奥にある椅子に座った。


「だが、ティーナの様子がおかしいのはそのせいなんだろう?」


 フェンネルは答えない。しかし、苦悶の表情が浮かんでいて、エルビスは片手で顔を覆う。


「プライベートなことにまで干渉するつもりはないが、任務に支障が出るのは困る」

「……わかっています」


 慰労会で衝動的にティーナを抱きしめてしまったフェンネルはその行為を後悔していた。翌日からのティーナの気まずそうな表情を見て余計だ。何故あんなことをしてしまったのか、その原因に思い当たることがあるのに、フェンネルはまだそれと向き合えずにいる。


「出動は明日だ。今日中になんとかできるな?」

「……はい」


 力のない返事だったが、フェンネルは何とかそう頷いた。




 フェンネルが第二小隊詰所に戻ると、隊員が集められてティーナから説明を受けているところだった。フェンネルが詰所へと入ると、ティーナはそちらを見ないままわかりやすく身体を震わせる。


 突然あんなことをしては当然だ。さぞかし気持ち悪いと思っただろう。そんな後悔がフェンネルの身体をじわじわと侵食していく。


「と、いうことなので、いつでも出動できるように準備をしておくように」


 上ずった声のティーナが慌てて話を終わらせた。


「わ、私は装備の確認をしてきます!」


 わざとらしくそう誰ともなしに言って、ティーナは詰所を出ていく。フェンネルはその背中を見つめ、苦い顔をした。エルビスにああは言ったが、どうすればいいのだろう。この手のことはフェンネルの最も苦手とするところだった。


 そんな気まずい二人の様子に気が付かないわけがないのが隊員たちだ。お互いに顔を見合わせ、何とかしなければと目配せをした。

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