作戦その16 慰労会で偽りの恋人に!?3
フェンネルはあー、とも、うー、ともわからぬうめき声を出してバツが悪そうにティーナから目を逸した。しかし、ティーナがレモンイエローの瞳で真っ直ぐにフェンネルを見つめ続けるのを見て、答えざるを得ないことを理解したのだろう、斜め下に目線をやったまま口を開く。
「一つ言っておくが、俺は誰かを想い続けているわけじゃない。すべて自分のためだ」
二人の間を風が吹き抜ける。静かな夜だが、二人の耳には風の音がやけに大きく響いた。
しばらくの後、ティーナが無言で続きを促すのでフェンネルは続ける。
「随分昔のことだ。俺が騎士団の入団試験に合格し、故郷を離れようとする時に、このペンダントをもらった」
フェンネルは騎士服の中からペンダントを取り出す。緑がかった青色の石がフェンネルの武骨な手の中に収まる。
「この石はターコイズと言うらしい。身を守るお守りとして渡された」
フェンネルのターコイズのペンダントを見る時の目線はいつも優しく、そして寂しい。
「渡してくれたのは……恋人、というのはおこがましいが、互いに想い合っていた相手だった」
ティーナの胸がチクリと痛む。そうだろうと思っていたことだったけれど、実際にフェンネルの口から聞くとその事実の重みが増す。
「子供の頃、村の近くに魔獣が現れた時に騎士たちがやってきた。そこでの立ち姿、生き生きとした表情。村を危険に晒していた魔獣をたった半日で全滅させたこと、すごく格好いいと思った。俺も子供だったからな、素直に憧れたよ」
フェンネルの戦う時の瞳の輝きを見ていればわかる。昔からフェンネルは変わっていないのだとティーナは思った。
「そこからかなりの訓練を積んで入団試験を突破した。嬉しかったよ。でも、それは同時に……別れも意味していた」
寂しそうに揺らぐフェンネルの瞳をティーナは必死に見続ける。本当は目を逸らしてしまいたい。他の誰かを想うフェンネルを見ていることが辛いのだ。だけど、ティーナはこのフェンネルの姿を目に焼き付けたいとも思っていた。
「これをくれた相手は病気で塞ぎがちだった。あまり長く生きられないだろうということを俺は知っていた」
フェンネルは隠しきれず苦悶の表情を浮かべる。
「それでも俺は村を出た。あいつよりも自分の夢を、選んだんだ」
決して悩まなかったわけではない。騎士団への入団を遅らせれば彼女と過ごせる時間は増えたはずだ。だが、最終的にフェンネルは入団資格が得られる十六歳になってすぐに入団試験を受けた。
「あいつは一度もそんな俺を責めたりしなかった。それどころか、こいつを渡して言ったんだ。『貴方が憧れている最強の騎士に、必ずなってね』と」
フェンネルは手の中のターコイズのペンダントを寂しさと愛おしさが混じった目つきで見つめる。『最強の騎士になる!』と、いうのが子供の頃のフェンネルの口癖だ。こんな辺鄙な村から騎士になれるはずがない、と、誰もがバカにした夢を、笑わずに聞いてくれたのが彼女だった。
「俺が騎士団に入団して一年して死んだと聞いた。俺はまだ一度も故郷に帰ってない。あいつに会うのは、俺が騎士団長になった時だと決めている」
「だから……」
久しぶりに発したティーナの声は掠れている。フェンネルが頑なに故郷に帰らない理由、結婚しない理由。それのすべてが彼女との最後の約束のためなのだ。
ティーナの言葉は続かなかった。何と言ったらいいのかわからなかったのだ。
「結婚しないと決めてるわけじゃねえよ。ただ、強くなること以外に気持ちを向けるのに躊躇いがあるだけだ。そしたらこんな歳になっちまった」
フェンネルは自虐の笑みを浮かべる。ティーナは泣きそうな顔でフェンネルを見つめ続けていた。そんなティーナに気がついたフェンネルは、
「ティーナがそんな顔をする必要はない」
と、笑って頭にポンっと手を置く。
「もう十七年も前の話だ。そんな前のことを未だに忘れてないってのがおかしいだけだ」
ティーナからはフェンネルの大きな手で表情が見えない。だから、もうフェンネルは無理して笑っていないだろうと思った。
フェンネルは忘れていないのではない。忘れられないのだろう。
敵うはずがない。ただ、七年だけ一緒にいただけのティーナに勝ち目はないと思った。はちきれそうになる胸をなんとか抑えてティーナは俯く。
フェンネルは頭の上に置いた手の横にチラリと見えたティーナの苦しそうな表情を見て、自分のために誰かがそんな顔をすることに衝撃を受ける。しかも、その相手はティーナだ。その瞬間、フェンネルの中の何かが外れた。
「……!?」
ティーナはフェンネルの胸の中にいた。力強く抱きしめられて、衝撃もあって息ができない。フェンネルに何事かと問いかけたいのに声が出なかった。
しかし、それは一瞬だった。すぐにパッと身体を離したフェンネルは、
「それじゃあ戻るか。何か食べないと、今夜は寮で飯が出ないから夜腹が減るぞ」
と、いつもと変わらないようなことを言う。だけど、その声は僅かに上ずっている。滅多に動揺することのないフェンネルにしてはかなり珍しいことだった。
フェンネルはティーナの顔を見ないまま会場へ戻っていく。ティーナはその後姿を呆然と見つめていた。
「な……に?」
ティーナがそう口に出したのはフェンネルが会場の中に消えてからだ。長い付き合いのフェンネルに今まであんなことはされたことがない。あんな、ティーナを女性として扱うような態度は。
ティーナの頭はパンクしていて、しばらく何も考えられずに立ち尽くしていたのだった。
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