作戦その16 慰労会で偽りの恋人に!?2
慰労会当日。フェンネルたち騎士一同は正式な場で着用する濃紺の騎士服を着て、王族の住まう王宮の会場へと集まっていた。二百人以上が集まる大規模な慰労会は、主催の王族のあいさつから始まる。
今回の主催は国王の弟だ。ハイルシュタット王国の国王兄弟はとても仲が良く、弟は国王の宰相を務めている。
その国王の弟、ヘクターはパーティ好きとしても知られていて、慰労会の主催は彼なことが多い。そんなヘクターの長ったらしいあいさつが終わるとパーティの始まりだ。フェンネルとティーナは事前の打ち合わせ通り、あいさつが終わっても離れずにいる。
「ティーナ様!」
初めに声をかけられたのはティーナだ。ピンク色のドレスに身を包んだ女性が目をハートマークにしてティーナのところへやってきた。
「お会いできるのではと思っておりました!」
「はい、どうも……」
町で声をかけられた時よりも、ティーナは気後れしてしまう。同じ女性がこうして華やかに着飾っている中で自分は濃紺の騎士服。まるで自分が本当に男性になってしまったのではないかと錯覚する。
「フェンネル様、ごきげんよう」
その隣ではフェンネルも女性に話しかけられていた。どぎつい香水の匂いにフェンネルは顔を歪めそうになるが、この慰労会に招待されている女性は国の有力貴族の娘であることがほとんど。騎士団のためにも無下に扱うことはできないと、なけなしの愛想をかき集めて笑顔を作った。
「フェンネル様、よろしければ私とダンスを……」
「ティーナ様、あちらに美味しそうなカクテルがございました。私とご一緒に……」
それぞれが女性に誘われるのをフェンネルが、
「申し訳ないが」
と、はっきり口にして断ち切る。そして、フェンネルは隣のティーナの腰を抱いて引き寄せた。
「今日は二人で過ごしますので、失礼」
断られた女性たちも、直接声はかけられなくとも周囲で様子を伺っていた女性たちも、全員が呆気に取られた表情でフェンネルとティーナを見る。事情を知っているクロルドと第二小隊の隊員たちも目線を送るものだから、会場の半分くらいの人が何事かと注目した。
その注目の真中で、フェンネルはしっかりとティーナを抱いたまま会場の端へと歩いていく。ティーナの顔が真っ赤になっているのを見て、話を聞いていなかった人も含めて全員が二人の関係を察した。
「まさかティーナ様が……!」
「フェンネル様もとうとうお相手を見つけてしまったのね」
会場に女性たちの悲鳴がこだまする。その中、二人はバルコニーへと逃げ出ることに成功した。
「ふぅ」
バルコニーに出て会場の様子を確認すると、フェンネルはティーナから手を離す。
「上手くいったみたいだな」
「そ、そうですね」
動揺の収まらないティーナは胸に手を当てながら息を整えていた。
「ティーナはこれで良かったのか?」
「え? 何故ですか?」
「ファンが減るだろう」
「それは構いませんよ」
落ち着きを取り戻したティーナは寂しそうに微笑む。
「元々私は誰かに慕われるような人間ではありません。出生を知れば離れていくような人たちに、嘘をついていたようで心苦しかったですから」
ティーナはここにいる貴族の女性とは違い、田舎町の平民の出だ。それも、孤児であり、町の住民から虐げられていた。そんな自分が誰かに慕われているのが、騙しているようで罪悪感があった。
「そんなことを気にしていたのか」
堅苦しい場から解放されたフェンネルは柵にもたれかかりながらリラックスした表情でティーナを見る。
「ティーナの実力が認められたから好かれた。出生がわかっても気にするやつはいないだろう」
「そうでしょうか」
「ま、俺は助かったけどな。これで面倒事から解放された」
晴れ晴れとしたフェンネルを見て、ティーナは複雑な表情を浮かべた。
「……フェンネル隊長は結婚なさる気はないのですか?」
「ないな」
フェンネルはきっぱりと答える。風でティーナの髪の毛がさらさらとなびいた。
「俺は騎士団で戦っていられさえすればいい。結婚なんて余計なことはしたくない」
「余計なこと……」
ティーナにとって、フェンネルがこの会場にいるような女性に興味がないことは嬉しいことだ。でも、密かに想いを寄せる身としては、自分にも可能性がないと言われている気がして苦しくもある。
「フェンネル隊長」
バルコニーには誰もいない。パーティは始まったばかりなのだから当然のことだった。そんな二人きりの、誰にも話を聞かれていない今なら聞けるとティーナは思う。それを聞いて自分が傷つくことになったとしても。
「フェンネル隊長は誰か想っている方がいらっしゃるのではないですか?」
ティーナの問にフェンネルは何も反応しない。ただ、その茶色い瞳を静かにティーナに向け続けている。それこそが答えだとティーナは確信した。
「そのフェンネル隊長が大切にしているペンダント。それはフェンネル隊長の大切な人から贈られたものなのではないですか?」
ずっと気になっていたことだ。洒落っ気のないフェンネルが任務中であっても肌身離さずつけている青い石のペンダント。時折愛おしそうに、辛そうに眺めているのを目撃しては、ティーナの胸も痛んでいた。
「その方がいらっしゃるから、結婚なさらないのではないですか?」
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