作戦その16 慰労会で偽りの恋人に!?1

「はあぁ、めんどくせえ」


 グランでの魔獣討伐から王都へ帰還して数日後。詰所でフェンネルがいつものようにぼやいている。


「フェンネル隊長、何に対してもそう言ってますよ」

「今回は本当にめんどくせえんだよ」


 フェンネルは忌々しげにそう言ってため息をつく。


「ま、お前らにとっちゃ、朗報かもしれんが」

「? 何ですか?」


 フェンネルの視線が静観していた隊員たちに向いたので話に入る。


「王族さまのご厚意で慰労会が開かれるんだと」

「! 本当ですか!」


 隊員たちは一斉に色めき立つ。それもそのはず。時折、王族たちなどの気まぐれで行われる対魔獣騎士団の面々を招待した慰労会は、町の貴族なども多く参加し、女性と出会える数少ない機会になっているからだった。


「俺、髪切りに行こうかな!」

「騎士服、洗っておかないと!」

「頑張れよ」


 そわそわし始める隊員たちに対し、フェンネルはあくまで客観的な対応だ。


「フェンネル隊長も参加されるんですよね?」

「ああ……本当は行きたかねえんだが、行かねえとな……」

「隊長、副隊長陣は強制参加、みたいなところありますからね」


 ティーナもあまり乗り気ではないらしく、苦笑いを浮かべている。騎士団はほとんどが男なので、お相手探し目当ても女性ばかり。よって、女性にモテるティーナにも人気が集まるのだ。


「フェンネル隊長はお相手探し、なさらないんですか?」


 気になっているのだろう、ティーナが冷ややかさを乗せてそう尋ねる。


「するかよ、めんどくせえ」


 フェンネルは心からめんどくさそうにそう言った。ティーナがあからさまにホッとするのを見て、隊員たちも嬉しくなる。しかし、隊員たちは知っていた。本人が望まなくとも、そういう会でフェンネルはモテる。


 隊長職はお金の心配もいらないし、妻となれば裕福な生活ができるだろう。それに、フェンネルだってティーナやクロルドに隠れてはいるが、普通に見れば悪くない顔をしているのだ。女性が放っておくはずがなかった。


 フェンネルは適当に断るが、貴族の女性を無下にすることもできず、食い下がられれば会話をしなくてはならない。それをティーナが見て心を痛めていることを隊員たちは知っているのだ。


 しかも、その状況は隊員たちにとってもつまらない。自分たちのお相手となるかもしれない女性が、長い間フェンネルとティーナのところに留まってしまっては、せっかくのチャンスをものにできないかもしれないのだ。


 そんな第二小隊全員の悩みを解決する救世主が現れた。


「やあ、フェンネル。思った通り、浮かない顔をしているね」

「……クロルド」


 楽しげに現れた第一小隊隊長のクロルドは絶好調な様子。クロルドは慰労会でも二人かそれ以上にモテる。クロルドは結婚する気はないが、新しい遊び相手探しとしていつも慰労会を楽しむ。隊員たちからしたら、これまた迷惑な話である。


「慰労会のだいたいの出席人数を確認したくてね」


 そう言ってクロルドは第二小隊の出欠を確認し始めた。ほとんどの隊員が出席だ。


「俺は出なくていいか?」

「またそんなことを言って」


 ボヤいたフェンネルにクロルドは眉を潜める。


「俺だってフェンネルに出てほしくはないけれど、エルビス団長にとばっちりで怒られるのは御免だから、出てもらうよ」

「はぁ、だよなあ」


 普段は優しいエルビスだが、怒ると怖いということはフェンネルとクロルド自身が一番わかっていた。


「そんなに嫌なら、早く相手を見つければいいんだ」


 クロルドの言葉にティーナがピクリと反応する。顔に出さないようにはしているが、その努力もむなしく顔がひきつってしまっているので隊員たちにはお見通しだ。


「相手がいれば誘いを断れるだろ?」

「余計なお世話だ」

「……あ! いいことを思いついたぞ!」


 パアっと明るくなったクロルドの表情を見てフェンネルは嫌そうに顔を歪ませる。クロルドの提案でフェンネルがいい思いをした試しがないからだ。


「相手を作ればいいんだ!」

「お前は何を言ってんだ」


 意味がわからない、というようにフェンネルは取り合うつもりがない。それでもティーナの気が気じゃない様子に隊員たちもそわそわとしている。


「ティーナと付き合ったということにすればいいんだよ」

「「はあ!?」」


 フェンネルとティーナの声が重なった。流石のコンビネーションだ。


「女性の視線を奪う二人が付き合ったことにすれば、ライバルが減って俺たちに利がある。それに、フェンネルとティーナも女性を断る口実ができるから、平穏な慰労会を過ごすことができるよ?」

「それは、俺たちに恋人のふりをしろって言ってるのか?」


 隊員たちは嫌そうなフェンネルとどきまぎしているティーナを交互に見比べる。


「そうだよ。君たちもそれがいいと思うだろう?」


 クロルドがウィンクをしながら隊員たちに同意を求めてきた。これはフェンネルとティーナをくっつけるための作戦なのだ! と、隊員たちは瞬時に理解する。そう、自分たちのライバルを減らすための作戦では決して、断じて、ない!


「それがいいです!」

「厄介事から解放されますよ!?」

「俺たちにチャンスをください!」


 隊員たちが口々に二人を説得にかかる。本音が混じっている気がするのは気のせいだ。


「そうは言っても恋人のふりって……」

「ただ『恋人になりました!』と、宣言して、後は一緒にいるだけでいい。普段と同じことだろう?」

「後で誰かに突っ込まれたらどうする?」

「別れたとでも言えばいい」

「それを慰労会の度に繰り返すのか?」

「そうだ」

「無理があるだろ……」


 フェンネルは頭を抱える。


「でも、少なくとも今回は乗り切れる。そうだろう?」


 クロルドが笑顔で追い打ちをかけた。隊員たちは心の中でクロルドを全力で応援している。フェンネルは明らかに迷い始めていた。そんなフェンネルの瞳がティーナに向く。


「ティーナは嫌だろ? 俺と恋人のふりなんて……」

「私は構いません」


 ティーナは耳を僅かに赤くしながら、はっきりとそう告げた。


「……正気か?」


 そんなティーナにフェンネルは目を丸くする。てっきり嫌がると思っていた模様。そんなはずないでしょうが!


「はい。私もみんなのせっかくの機会を潰すのは本意ではありませんし」

「ほら、ティーナもそう言ってる。決まりだね」


 まだためらう様子のフェンネルに逃げ道をなくすようにクロルドが畳み掛ける。フェンネルはしばらくじっとティーナの表情を観察したが、本当に嫌がる様子もなく本気なようだったので、


「わかったよ」


 と、ようやく頷いた。

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