作戦その15 二人きりで一夜を過ごそう!2
気を取り直した二人はエルビスが示した山へ向かってひたすら走り続ける。山までの間の最後の川に辿り着くといよいよ山が目前に迫っていた。
「よし、この辺りでおびき出すか」
「雷を落としますか?」
「直接打って山の逆側にいるやつまでおびき寄せたら面倒だ。ちょっと離して打とう。俺たちの存在に気がつかせて狙ってきたところを返り討ちにしてやる」
「そうすると、十体いっぺんに襲ってくることになりますね」
「不安か?」
作戦を確認したフェンネルはニヤリと笑う。ティーナは肩を竦めてみせた。
「不安だなんて、まさか。もう二十体追加されたら本気を出さなければならないですね」
「ふん、上等だ」
二人は不敵に笑い合う。ティーナはフェンネルと離れて戦った時には、あんなにフェンネルのことを心配していたというのに、自分が側にいるとなれば不安は少しもない。二人が揃った時には無敵だと、二人共心からそう思っているのだ。
馬を離れたところにつないでから魔力を練り始める。
「じゃあやるぞ」
「いつでもどうぞ」
軽く声をかけ合うとフェンネルは雷を打ち込んだ。二人は背筋をピンと伸ばし、余裕の立ち姿で魔獣を迎える。普段は隊員が後に控えるので気を使っているのだが、二人だけの自分たちのことだけを考えればいい状況では、何の心配もない。すごくのびのびとしている。
やがて、フェンネルの雷に導かれた魔獣が二人に向けて飛んで来るのが見えた。フェンネルは、
「単純なやつらだ」
と、言って笑う。飛行型の魔獣たちは、くちばしの先で白い塊をそれぞれ生成する。氷の塊のようだ。
「氷の魔獣ですか」
「そのようだな」
飛行型の魔獣は「ギエー!」という鳴き声と共に氷の塊を二人に向けて打ち出した。ティーナはそれを見てため息をつく。
「遅いですね。エルビス団長の土魔法を見た後だと余計に」
そう文句をつけながら、十以上あった氷の塊を片手で軽く防いで見せた。
「飛ぶのも遅いようだな」
フェンネルはそう言いながら、細かな雷を魔獣たちに打ち込んでいく。魔獣たちは必死に避けるが、他の魔獣たちとの距離が近かったがために避けたものとは別の雷に当たりダメージを蓄積していく。
その雷の攻撃で十体いた魔獣の内、半分の五体が力尽きだようだ。残りの五体が新たな氷を生成しながら二人の目前に迫った。
「同じ攻撃ばかり、単調ですよ」
ティーナはそう言いながら放たれた氷を再び的確に防いでいく。その間にフェンネルは剣を抜き、その鋭利な刃に雷の魔法を乗せた。
フェンネルは素早い剣さばきで突撃してきた魔獣たちを次々と薙ぎ払う。剣が急所を突けなくとも、刃に宿っていた雷が効いて魔獣は為す術なく倒れた。
最後の一体が二人に敵わないと判断したのか、背を向けて飛び去ろうと方向を変える。
「いい判断だが、惜しかったな。俺の雷からは逃げられねえ」
フェンネルは最後に大きな雷を発動させ、見事魔獣に的中させてみせた。ティーナは咄嗟に防御魔法を展開し、フェンネルの雷から自分たちの身を守る。
「ちょっとフェンネル隊長。この近さであの威力の雷、私たちまで感電してしまいますよ」
防御魔法を解除したティーナはフェンネルにそんな注意をした。
「ティーナが防ぐんだから大丈夫だ」
「もちろんそうですけど」
最後の一体が地面に落ちるのを確認した二人は余裕の表情で微笑みあった。
「ほら」
フェンネルが差し出したお椀をティーナは嬉しそうに受け取る。無事に魔獣を討伐し、本隊に遅れて再び帰路についた二人は、日が暮れる前に今日の野営場所を決めた。
何も言わずともティーナがテントを張り、薪の準備をする。フェンネルは食材の準備をして野営飯を作った。
「やっぱりフェンネル隊長の作るご飯は美味しいですねぇ」
ティーナはふはふと温かい鍋を食べ、頬を上気させている。フェンネルはいつものようにそんなティーナを温かい目線で見つめた。
「そりゃよかったよ。こんだけ食べてくれるやつがいりゃあ、作る甲斐もあるってもんだ」
「今回の野営ではフェンネル隊長の当番が回ってこなくて残念に思っていたんですよね。ラッキーです」
顔を綻ばせるティーナは戦闘の時のピリリとした顔つきとは違う幼気な顔だ。フェンネルはそんなティーナの顔を見るのが嬉しい。
二人きりの野営では交代で睡眠を取ることになるため、テントは一つだ。まず先にティーナが休むことになっている。
「二人だけっていうのも珍しいですね」
ティーナがそう口にはしたが、隊員たちの思惑に反し、二人きりの夜だというのにフェンネルとティーナの様子は普段と何も変わらない。長い間一緒に遠征に出ることが多いだけに、二人きりだという自覚が薄いのだ。
「だな。昨日までエルビス団長がいたことを思うと気楽なもんだぜ」
「またそんなことを。告げ口しますよ?」
「……やめてくれ」
エルビスにだけは弱いフェンネルは苦い顔をする。
「そういや、エルビス団長との戦闘はどうだった?」
「ああ……」
グランでエルビスと共に戦った時のことを思い出す。
「思っていた通り強かったです。フェンネル隊長とは違う戦闘スタイルでしたね」
「どう違った?」
「エルビス団長は慎重で、私たちを信頼してくれているように感じました」
「……俺が周りを信用してない、と?」
自分の戦闘のことを悪く言われたように感じたフェンネルはむっとした表情をする。
「そういうわけではないんですが、信頼のベクトルが違うと言いますか」
相手に説明することが苦手なティーナは悩みながら言葉を選ぶ。下手なことを言ってしまえばさらにフェンネルの機嫌を損ねるとわかっているのだ。
「エルビス団長は私たちも魔獣を倒す前提で動いているように感じました。私とフェンネル隊長の連携だと、私は完全にフェンネル隊長の補助で、魔獣にトドメを刺すのは基本的にフェンネル隊長ですよね? そういう違いです」
「ふーん」
ティーナが自分の動きを必ずしも悪く言うつもりがないのだとわかり、フェンネルの溜飲が下がる。
「で、ティーナはどっちの方がやりやすかった?」
「それはもちろんフェンネル隊長ですよ」
即答だった。
「そもそもエルビス団長の土魔法は防御も兼ね備えていますから、私の必要がないんです。それに、フェンネル隊長の魔獣を倒すスピードにエルビス団長は劣ります。私は戦う手段を剣しか持たないので、どうしてももたついてしまうんです」
「なるほどな」
ティーナの説明に満足したフェンネルはしたり顔で笑う。
「攻撃特化の俺と防御特化のティーナはやっぱり相性抜群だな」
「でも、フェンネル隊長もエルビス団長を少しは見習ったほうがいいと思いますよ?」
完全に勝ち誇った顔をするフェンネルにティーナは釘を刺す。
「エルビス団長も言っていましたが、フェンネル隊長は強すぎて、どうしても隊員たちの出番が減ってしまいます。怪我なく確実に任務をこなすことが一番ではありますが、もう少し隊員たちにも魔獣を回して経験を積ませないと」
ティーナが言ったことは、エルビスが日々感じていたことでもあった。フェンネルも思い当たるところがないわけではないので、
「まぁな……」
と、一応肯定する。
「だけどよ、目の前に魔獣がいるとなったら、誰よりも自分で倒したいと思うじゃねえか」
「その気持ちはわかりますけど」
戦闘大好きな二人にとってその気持ちは共通して持っているものだった。
「でも、私たちは仮にも隊長と副隊長なんですから」
「はぁ、面倒な役職につかされたもんだよな」
フェンネルは自分を省みることをやめて、その置かれた現状を嘆く。
「俺はそんな柄じゃねえのに」
「フェンネル隊長は隊長に向いていると思いますよ? 作戦指示も的確ですし、安心感があります」
「まぁ好き勝手やれるのはいいけどよ。でも、俺はこうして少人数で行動してる時の方が好きだ。そういう特殊部隊とか、作ってくれねえかなぁ」
食事を終えたフェンネルはお椀を置いて伸びをした。
「俺はティーナと好き勝手やってられるのが一番楽だ」
ティーナはフェンネルの「一番楽」に自分が含まれていることが嬉しくてついニヤけてしまう。目の前ののびのびしたフェンネルがいつもよりも魅力的にティーナの目に映る。
「ま、俺とティーナだけだと風呂はないけどな」
昨日までは野営でもエルビスの入れてくれたお風呂に入ることができていた。今日はそれがないので、布で身体を拭くだけになる。
と、その時、突然フェンネルが「よっ」と言いながら服を脱ぎ、上半身裸状態になった。あまりに突然のことだったので、ティーナはフェンネルの筋肉がついて引き締まった肉体をバッチリと目撃してしまう。
何も気にしない様子のフェンネルはそのままお湯に布を浸し、ティーナの目の前で身体を拭き始めた。
「ちょっ……」
見てはいけないものを見ている気がして、ティーナは慌てて目を逸す。よく考えれば、フェンネルは普段の野営でもところ構わず着替えたり身体を清めたりしている。だけど、こうして二人だけの空間でそれをされると、ティーナはどうしても意識してしまう。
「ティーナもさっさと寝ろよ? 俺はいつも通り二時間くらい寝れりゃ十分だから、時間が来たら起こしてやるよ」
「フェ、フェンネル隊長が起こすんですか!?」
ただでさえ動揺しているティーナは声を裏返してしまう。
「ああ、その方が確実だろ。ティーナは寝起き悪いし」
「だ、大丈夫ですよ! 子供じゃないんだから自分で起きられます!」
「そうか?」
ティーナが何を嫌がっているのかよくわかっていないフェンネルは不思議そうな顔をした。そこで、ティーナは「早くここを離れなければ!」と、思い切り立ち上がる。
「それじゃあ! おやすみなさい!」
「身体は拭かなくていいのか?」
「!? 後でやりますから!」
どこまでも無神経なフェンネルの発言に耳を真っ赤にしたティーナは逃げるようにテントの中に入っていく。
「? なんだ?」
フェンネルはとてつもなく鈍感で無神経なのだった。
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