作戦その15 二人きりで一夜を過ごそう!1

 グランでの討伐作戦を終え、第二小隊とエルビスは王都へと戻っている。念のため国王が通るルートを通り、その側に魔獣がいないかエルビスが確認しながらの帰り道になった。


 それは、ようやく今日王都へ帰り着くという日の朝のことだ。


「まずいぞ」


 その日、一度目の休憩場所で地面に手をつけて魔獣がいないかどうかを確認していたエルビスが顔をしかめた。


「どうしました?」

「どうもあの山の麓に魔獣がいるらしい」


 エルビスが指し示したのは遠くに見える山だ。エルビスたちがいる場所から馬でそこまで行くには川をいくつか渡らねばならないため半日ほどかかる距離。しかし、川があるということは、魔獣が水を求めて近くまでやってくる可能性があるということだ。


「できたら倒しておきたいところだが、あそこに寄っていたら今日中には王都に戻ることができなくなるな……」


 王都のクロルドからの報告によると、懸念していたアレスの森付近で実際に魔獣が現れたらしい。今は現地の騎士で抑えているがあそこの魔獣の数は多いので、王都からも人員を派遣する必要がある。そうすると王都付近の警備が手薄になってしまうので、エルビスは少しでも早く戻りたいのだ。


「じゃあ俺とティーナで討伐に向かいましょう。数は?」

「飛行型が十体だ」

「それなら尚更好都合ですね」


 雷に弱い飛行型の魔獣ならフェンネルにかかればすぐに倒すことができるだろう。それでもエルビスは何色を示した。


「お前はまた自分ばかりが戦おうとする。少しは隊員たちの育成もしろ」

「でも、今はそうも言っていられないでしょう? 王都の警備をするのに少しでも多くの人員が必要なはず。第二小隊が全員戻ることができれば、エルビス団長だって助かるでしょう」

「それはそうだが……」

「大丈夫。俺とティーナも明日には戻ります。一日の差がなんだと言うんです」

「いや、でもなぁ……」


 渋るエルビスに隊員たちは目線で必死に訴える。「フェンネル隊長の意見を聞いてください!」と。その意見が通ればフェンネルとティーナは二人で野営をすることになる。男女が夜に二人、何かあるかも……と、期待しているのだ。


 隊員のそんな目線に気がついたエルビスは、


「そう上手くいくと思えないが」


 と、呟いた。


「何を言ってるんですか。俺とティーナにかかれば瞬殺ですよ」


 魔獣のことだと勘違いしているフェンネルはそう言って任せて欲しいと主張する。ただ戦いたいだけのフェンネルにエルビスも呆れ顔だ。恋の方も瞬殺だったらいいんだけどな、と言わんばかりの。


「わかった、任せよう」


 最終的にエルビスが折れた。


「だが、気をつけろよ。山の中には別の魔獣もいるかもしれない。飛行型だけおびき寄せて倒せよ」

「わかってます。隊員たちのことは頼みました」


 フェンネルはそう言って颯爽と馬にまたがる。


「ティーナ、行くぞ」

「はい」


 今回の遠征ではフェンネルとコンビで戦えなかったので、ティーナも心なしか嬉しそうだ。そうして去って行くワクワクとした二つの背中を見ながらエルビスはため息をついた。


「まったく、いつまでも子供のようだな、あの二人は」




 フェンネルとティーナは馬で駆ける。初めての川に差しかかった時、二人は休憩と昼食を取るために馬を止めた。


「はぁ、ようやくあのおっさんから離れられたぜ」


 しがらみから逃れることができたフェンネルは大きく伸びをする。


「そんなこと言ったらバチが当たりますよ」


 そう言うティーナもやはり少し嬉しそうだ。ティーナはのびのびとしているフェンネルが好きなのだった。


「やりにくいったらねえ」

「エルビス団長といる時のフェンネル隊長、子供みたいで、見ていて新鮮で楽しかったです」

「子供って、ティーナ。こんなおっさんに向かってそんなことを言うんじゃねえ」


 フェンネルは笑顔でティーナの頭をコツリと叩く。


「フェンネル隊長はおっさんじゃないですよ。まだまだ若いです」

「んなことねえよ」


 遠征の昼食の定番である、蒸した芋を丸めて固めたものを口に放り込みながら、フェンネルはあぐらをかく。


「最近身体の衰えを感じるよ」

「そうですか? 一緒に戦っていて全然わからないですけど」

「戦闘中はまだいいが、終わった後の疲れ具合とか、疲れがなかなか抜けなかったりとかな。一度怪我したらなかなか治らねえし」

「そうなんですか……」


 ティーナはフェンネルが見えないところで苦労しているのだということに初めて気がついた。


「あのおっさん団長はすげえぜ。俺があの歳で遠征に出れるかって言われたら微妙だな」

「あと十年後、ですか」


 エルビスはフェンネルとちょうど十歳離れているので、今年四十三歳だ。それであんなに戦えるのだから、たしかにすごいとティーナは思う。


「私もあと二十年経ったら引退しなきゃなんですかね……」

「ティーナは後衛だからまだいけるだろ。俺は前線だからな」


 二人はもぐもぐと口を動かしながら川をぼんやりと眺める。たぶん、同じことを考えながら。


「戦えなくなった自分なんて、想像したくないです」

「死んだようなもんだよな。何を楽しみに生きりゃいいんだか」

「嫌ですね……」


 だいぶ先のことのように思えてその時間はすぐに過ぎる。二人はその時のことを思って気を重くした。

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