作戦その14 副隊長の本音を聞いてみよう

「それでは始めよう」


 二日後。目的地であるグラン周辺に到着した第二小隊とエルビスは、魔獣の目撃情報などから出現場所をある程度絞った。魔獣が好む、木々が生い茂り影ができやすい場所だ。その先には高い山もあるので、まず間違いないだろう。


 その森の入口でエルビスが地面に手をつき目を閉じた。一見何もしていないように見える行為だが、大地の力を感じ取って魔獣の位置や数を特定している。エルビスはこの力で騎士団の団長の地位まで上り詰めたと言っても過言ではないのだ。


 五分後、エルビスは目を開けて立ち上がった。


「思ったより数が多いな。俺も来て正解だった」

「どのくらい?」

「ここから北東に十五体程の群れ、別で北西奥に五体いる。どれも四足歩行の魔獣だが、距離が離れているので別々の群れかもしれん」

「北西奥には別の仲間が?」

「可能性はあるな」


 エルビスからの報告を受けてフェンネルは頷く。


「それじゃあ隊を二つに分けましょう。エルビス団長と隊員たちに北西奥を任せ、俺とティーナで北東を叩く」

「はい」


 ティーナはこれから行われる戦闘に目を輝かせた。戦闘前のティーナはいつも生き生きとしている。これから行われる戦闘が楽しみで仕方のない顔。これが戦闘狂の女騎士と呼ばれる所以だ。


 フェンネルの指示は頼れる団長がいるからこその配置分けだったが、エルビスはそれに納得しなかった。


「俺は不満だ」

「何がですか?」


 決まりかけていた作戦に異議を唱えられてフェンネルはむっとした顔をする。


「それでは俺が活躍できないではないか」

「何を言ってんですか。年なんだし大人しくしててください」

「俺はまだそんなに年ではない!」


 エルビスは子供のように駄々をこねた。


「それに、俺だってティーナと連携してみたい。ティーナだってたまにはフェンネル以外の者と戦ってみたいだろう?」

「え、ええ……?」


 ティーナはフェンネルと戦うことが好きなので同意はできない。だが、団長の言うことに逆らうこともできずに曖昧な笑みを浮かべる。


「北東はフェンネルと隊員たちに任せる。俺とティーナ、それと五人程借りて北西奥へ向かおう」

「……団長命令なら従いますよ」


 フェンネルは不本意な顔をしながらも、エルビスには逆らえない。フェンネルの了解を得られたエルビスは満足そうに頷いた。


「それじゃあ作戦開始だな」




「フェンネル隊長」


 別れ際、ティーナがフェンネルに声をかける。


「気をつけてくださいね」

「ティーナもな。あのおっさんは放っといても死なねえ。自分の身を守ることだけ考えておけばいい」

「そんな」


 フェンネルの酷い物言いにティーナの表情が崩れた。


「それじゃあな」


 最後にフェンネルはティーナの頭を優しく撫で、


「行くぞ」


 と、隊員に声をかけてから北東に向けて駆けていく。そんなフェンネルをティーナは心配そうな顔で見送った。


「心配か?」


 後ろから突然エルビスに声をかけられて、ティーナは意識を戻して微笑む。


「少しだけ、です。フェンネル隊長は無茶なさるので、守れないと思うと心配で」

「女に守られるとは、あの男もダメだなぁ」


 エルビスは困ったように笑ってティーナの肩を軽く叩く。


「あいつなら大丈夫だ。さ、俺たちも行こう」

「はい!」


 キリリとした表情に戻したティーナは隊員五名を連れて北西奥へ向けて走り出した。




「近いぞ!」


 二十分ほど走ったところでエルビスがそう声をかける。木陰で立ち止まり、一旦息を整えたティーナたちは、再び地面に手をつくエルビスの様子を窺う。


「この先二百メートルのところに五体だ。今のところその五体しか見当たらないな」


 懸念している群れの他の個体はいないらしい。ただ、その五体を倒した時の魔獣の悲鳴でどこからか援軍がやってくる可能性はある。


「木の上に一、地面に四だ。どうやら休んでいるようだな」

「どう動きますか?」


 ティーナは上官であり、攻撃の要となるであろうエルビスに尋ねた。


「木の上を誰かやれるか?」

「木の上でしたら……ロック、やれる?」

「はい!」


 声をかけられた隊員は元気よく返事をする。弓を持つ火魔法の隊員なら、先手を取って目を潰した上で戦うことができるだろう。


「他の隊員は彼のサポートを。俺はその攻撃に合わせて他の四体をやろう。俺のサポートはティーナがしてくれるな?」

「はい」


 ティーナは頷いて剣を構えた。


「よし、行くぞ。作戦開始だ」


 エルビスの号令で足音を立てないように気をつけながら移動を始める。エルビスによる場所の特定により、魔獣に気がつかれる前に捕捉することができた。魔獣は四足歩行の獣だ。鋭い牙を持つ、大きな犬のような形状である。


「タイミングは任せる。頼んだぞ」

「はい!」


 隊員が弓を構えた。全員が臨戦態勢を取る中、引き絞った弓から炎をまとった矢が放たれる。


 それと同時にエルビスとティーナが駆け出す。木の上にいた魔獣の目に矢が見事命中し「グエェェ!」という悲鳴が響いた。岩陰で休んでいた魔獣がその声に飛び起き、走ってくるエルビスを見つける。


 宙を舞った魔獣は鋭い牙を剥いてエルビスに襲いかかった。エルビスはティーナの防御魔法を待たずに生成した土の壁で身を守る。


 既のところで身を引いた魔獣は左右に別れて迂回しながら次の攻撃を繰り出そうとした。


「右を!」

「はい!」


 エルビスとティーナは背中を合わせ、左をエルビスが右をティーナが迎え撃つ。エルビスは鋭く尖った土を生成し、魔獣に向けて放つ。素早い魔獣は避けるが、幾多も続くエルビスの攻撃に為す術なく傷つけられていく。エルビスの元へ到達する前にとうとう力尽きてしまった。


 その間、ティーナは右の二体の魔獣からの攻撃を防ぎながら剣でダメージを与えている。しかし、未だ倒すには至っていない。


「ティーナ!」


 エルビスが声をかけ、ティーナはエルビスの方の戦況を確認する。エルビスが自分の持分であった魔獣を倒し、援護してくれようとしているのを見ると、身を引いて援護へと切り替えた。


 エルビスは先程と同じように尖った土を生成し、魔獣へと浴びせる。ティーナがエルビスの身を守るまでもなく、魔獣はうめき声を立てながら力尽きた。


「そっちは!?」


 戦況が落ち着くと、ティーナは隊員たちの様子を窺う。隊員たちは木の上にいた魔獣を見事倒し、ティーナたちのところへ走り寄ってきたところだった。怪我のない様子にひとまずほっと胸を撫で下ろす。


 エルビスは魔獣が死んだことを確認すると、素早く地面に手をついて援軍が来ないかどうかを確認していた。


「ふぅ、どうやらこれで終わりのようだね」

「そうですか」


 援軍の気配がないことがわかると、全員の空気がようやく緩んだ。


「それに……フェンネルの方も既に終わっているようだ」

「本当ですか!?」


 捜索範囲を広げたエルビスは、東へ向かったフェンネルたちの様子も確認する。


「無事ですか!?」

「ああ、足音も減ってはいないし乱れもない。どうやら無事のようだね」

「よかった……」


 無敵のフェンネルのことだ、心配はないだろうと隊員たちは思っていたのに、ティーナは本気で心配していたようで、心からの安堵の表情を見せた。


 魔獣の死体をこのままにして、血の匂いを辿って別の魔獣がやってきたら面倒なので、エルビスは土の中に埋める。その処理も一瞬のことで、隊員たちは驚くばかりだった。


 フェンネルはエルビスをおっさんと言うけれど、とんでもない。エルビスは未だ現役で戦えるほど強いということを身をもって知った。


「ティーナもいい加減あんな男、見放せばいいものを」


 処理を終えたエルビスはやれやれと立ち上がりティーナにそう声をかける。


「あんな男って……フェンネル隊長のことですか?」

「そうだ。ティーナも男の趣味が悪いな」

「そんな……」


 ティーナは恥ずかしそうに目を伏せた。エルビスに自分の気持ちが筒抜けなことが恥ずかしいのだろう。


「ティーナが隊員たちを大切に思うのと同じように、俺もあれのことは息子のように思い、気にかけている。できたら幸せになってほしいのは山々だが、どうも自分の気持ちがわからない面倒なやつでなぁ」


 エルビスは困ったように目を細めた。ティーナは、フェンネルがエルビスに大切に思われているからこそ、それが気恥ずかしいために面倒だと言っていることを知っている。誰かがこんなにもフェンネルのことを思ってくれていることが嬉しくて、ティーナも困ったように笑った。


「ティーナがもし、これからもあいつの側にいてやろうと思うなら、手のかかるやつで悪いがどうか頼む」

「エルビス団長……」

「あいつにはティーナが必要だ。自覚はしていなくてもな」

「……私で力になれるでしょうか?」

「もちろんだ」


 エルビスは親のような顔で微笑む。


「あいつはどうしようもなく臆病だ。ティーナのような強い女でなければ、あいつは幸せになれないさ」

「強い女、ですか?」


 ティーナはそっちに引っかかりを覚えたようだが、隊員は違った。フェンネルと臆病と言う言葉は、隊員たちにはどうしても結びつかない。


「フェンネル隊長に突き放されるまでは、側にいたいと思っています」

「頼むよ。ま、どうしようもなく面倒だと思えば、ティーナから捨ててしまっていいんだからな」

「そんな」


 エルビスとティーナは二人で微笑みあった。

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